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最後に思い出される景色(ウサギノヴィッチ)

──今日はお前のためにホームランを打ってやる。
 美雪に言った。美雪は、セクシータレントで、一ヶ月前に、後輩の飲みの席で知り合った。胸がGカップあって、顔を見ていても視線が勝手に下に下がって言ってしまう。相手も、──もう、どこ見てんの? と言ってくる始末だった。肩と肩が触れ合うだけで、笑顔が出てしまうくらいだった。
 そう、昔の俺たち夫婦はそういうときがあった。今はどうだろうか。
──あなた、ソファーで寝てないで隆史の遊び相手になって。
 夜にどうしても妻のことが欲しくなったときに、
──ねぇ
 この一言でわかるらしい。
──ごめん、今日は疲れてるから。
 俺のいたたまれない気持ちはどうすればいいのだろう。
 それを後輩に相談したら、いい子いますよと言って、飲み会が開催された。参加しているだれもが美人で、俺がどんな人間かを知っている。久しぶりの感覚だった。その中で一番気があったのは、美雪だった。後輩から言われていたのだが。──お持ち帰りしたい人ができたら、その場から出てっていっちゃっていいですから、と。美雪の耳元で囁く。
──別のお店にしない?
 美雪は表情を変えずに、俺の顔を見て首を縦に振った。バレないように、そんな必要があるのかわからないが、二人、別々にお店を出ていって、俺がいつもいくバーに行った。バーに行くまでに行くまでの間、俺たちは手を繋いだ。これは、週刊誌に撮られたアウトのレベルだった。でも、俺は今日、一線を越える覚悟があった。非日常に憧れがあった。つまり、夢の国に行きたかった。
 バーに入ると、いつものように薄暗く、だれがだれだかわからなく、客もいるのかどうかわからない。マスターに、
──いつもの
 少し低めの声で渋くキメた声で言ってみた。
──君はなにする?
──あたしは、チャイナブルーで。
 マスターがかしこまりました。と言って作り出す。さて、ここで次になんの話をすればいいかわからないと思った。仕切り直しにもう一度じっくり話を掘り起こして、聞いてみるのが良いのか。それとも、もう下ネタ全開で話した方がいいのかさっぱりわからなくなってしまった。
──美雪ちゃんは、野球は興味ある?
──はい、父親に東京ドームに見に行ったことがあります。原監督のときでした。
 原監督のときっていつの、原監督のときだ? わからない。
──じゃあ、野球のルールは一応わかるんだ?
──わからないです。
 わからないと言われると胸に矢が突き刺さったような気がする。ついでに、頼んだものがいつの間にか来ているし。
──乾杯。
 俺たちはグラスを交わした。
──野球って、得点が入るのわかりにくいじゃないですか。それだっらサッカーの方が分かりやすいじゃないですかぁ。
──野球にも一番分かりやすい得点方法があるよ。
──なんですか?
──ホームランだよ。客席までボールを打ち返すの。
──へぇ。
 興味があるのかないのかわからないが、両手でチャイナブルーのグラスを持って手持ち無沙汰を解消しているようだった。なんかどんどん気分が萎えてくる。
──じゃあ、今度の試合で美雪ちゃんのためにホームラン打ってやるよ。
──本当ですか?
──本当だよ。
 頼んでいたバーボンのダブルをグイと一気に飲んでしまう。もう決着をつけてしまおうと思った。
──ホテルに行こう。
 その声量と気迫に気圧されたのか美雪は、若干うしろに身体を引いていた。俺は精算をすませて、そとで待っている美雪と並んで歩く。そのときは、腕を組んでいた。もう写真週刊誌なんて怖くはなかった。
 新宿駅から向かって行って、歌舞伎町の先のホテル街に差し掛かった先のことだった。
──君たちいいですか? あなたたちは不倫をしてますね。わかりますよ。男のほうに不倫っていう二文字が見えます。
 大体歳は六十過ぎの男が、ハゲかけた頭に日の丸の鉢巻をつけて、学ランを着て俺たちに近寄ってきた。
──不倫は文化なんですかね。どこぞの有名人ががもう二十年前くらいに言っていましたが。そんなに、奥さん以外の人とやるのが嫌ですか? それとも、なにか抵抗があるのですか? それなら、お互い心を開いて話し合ったらどうですか?
 俺と美雪はポカンとしてしまった。
──不倫はあかん。それだけは、今日は覚えて帰ってくださいね。だから、あなたたちは、こんなところにいないで、さっさと帰った帰った。それとも公園で青姦してく? カラオケボックスでやってく? お盛んだねぇ。なら。もう、もう、あなたたちがセックスをできない身体にしてあげます。
 おじさんは、道端で正座をして、懐から小刀を出した。しsて学ランを脱ぎ、その下につけていたさらし取った。
──これは、あなたたちのことを思ってのことで、つまり慈善行為です。
 そういって、小刀を腹に当てて切腹をした。血がたくさん飛び出た。俺たちの方までは飛んできてないけども、けっこう近くまで飛んできていた。
 おれたちは見ないことにして、ほっといてホテルにチェックインする。
 部屋に入るなり、濃厚なキスをして、お互いがお互いを求めた。飲み会の席であったこと、バーであったこと、ホテル街の路上であったこと、全部が関係ないように身体を求めた。俺にとっては久しぶりのことだったので、嬉しいかったし、楽しかったし、気持ちよかった。
 ただ、最後フィニッシュ迎えるときに、切腹したときのおっさんの顔を思い出した。

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