見出し画像

葛布に辿り着いた経緯

「何故葛布を?」と尋ねられることがとても多いです。
理由は特にありません。理由はないのですが経緯はあります。なので、文章にまとめました。5〜6年かけて余計な部分を省きながら書き直してきているのでコンパクトにまとまっていると思います。自己紹介に替えまして 良かったらどうぞお読みください。

経糸に使う絹糸との出会い・経緯はこちら。併せてお読み頂けると幸いです。


織りを始める

会社勤めをしていた20代後半、無性に何かを作りたくなり、たまたま出会った手織りの布に惹かれ、当初は自分の服地を織りたくて 手織りを習い始めました。布から自分で作れることが嬉しくて、夢のように思えました。

始めたばかりの頃は、とにかく織るのが楽しく、出来栄えなど気にせず夢中で織っていました。
そうこうしているうちに、だんだんと、糸に拘るようになり、次第に、いつも植物繊維の糸を手にするようになっていきました。それは、亜麻(リネン)とか黄麻(ジュート)といったものです。特にリネンの単糸(片撚り)に惹かれました。

糸が作れることを知る

ある時、原毛からスピンドルで糸を紡ぐことを習いました。
細かい繊維が集まって撚りがかかることで 強い一本の糸になること、ほんの少しの道具と手で出来ること、心底驚きました。
今思えば当たり前なのですが、当時の私は既製の糸しか知らず、糸は糸としてすでにあるものとしてしか認識しておらず、どのようにして糸が出来るのか?何から出来るのか?ぼんやりとしたイメージしか持っていませんでしたから、目の前の「わた」が糸になっていく様子は衝撃的でした。

ふと、もしかすると、毛糸だけでなく、植物の糸も手作業で出来るのではないか?と考え、手当たり次第に調べました。
手作業による植物繊維の布が日本各地にあることを知り、さらに衝撃を受けました。

綿の栽培、紡績の機械化、大量生産に押され、一度は途絶えてしまったもの、消えて無くなりそうなもの、それらを残そうと尽力した方々が各地にいらっしゃることも知りました。
新しいことを知るたびに、まるで知らなかった世界にどんどんと引き込まれていきました。

北海道で取れる植物繊維を探す

それらの植物の中で、北海道でも育つ、または自生しているもの、一人でも継続して取り組めるものを探しました。
植物に詳しい友人に教わりながら 候補に上がったのは、亜麻、葛、エゾイラクサ、ツルウメモドキ でした。

エゾイラクサは、そもそも、その植物を見つけることが困難でした。
十数年後、その繊維の取り出し方を教えていただく機会に恵まれ、数年取り組んでみましたが、どうやっても綺麗な糸にならない。
その時すでに葛布を織っていたこともあり、諦めてしまいました。

ツルウメモドキも、少しだけやってみました。大変強く真っ白な繊維でしたが、近郊ではあまり生えておらず、しかも真冬に採取しなければならないというのがあまりにハードルが高く、継続するには至りませんでした。

亜麻も数年、栽培して取り組みました。
寒冷な気候に良く合う植物ということで、札幌でも過去に大々的に栽培されていた経緯もあり、可能性を感じました。
しかし北海道に入ってきた技術はすでに工業化されたものであり、とてもではないが私ができるような規模のものではありませんでした。
そこで手作業で繊維にするまでの工程についても聞いたり調べたりし、糸車での糸紡ぎも随分と練習しそれなりに細いものも紡げるようになったのですが、とにかくその繊維の採取に関しては、どうにも私にはできる気がしなく、断念してしまいました。

葛へ

亜麻と並行して葛にも数年取り組みました。

キラキラと光る透明な繊維を取り出せた時には感激しましたが、何しろ縦に裂ける長い繊維、綺麗に洗えないし、いじればいじる程絡まってしまうしで、糸の繋ぎ方も使い方も、どうにも扱いが分からず、途方に暮れるばかりでした。

しかし、なぜか葛だけは、諦めませんでした。取り出せた透明な繊維の美しさに魅せられたのかもしれませんし、糸を紡ぐのではなく「績む」という未知の作業を知りたくて仕方がなかったのかもしれません。
北海道にも自生している、というのも大きな魅力でしたし、他の植物繊維とはなにやら様子が違い、独特な雰囲気を放つ葛の魅力に引き込まれました。静岡の大井川葛布で、毎年ワークショップが開催されていることも知っていましたので、それを頼りにしていたのかもしれません。

いくつも仕事を掛け持ちしてやっと暮らしていた当時の私にしては大金を、2年かけて貯め、思い切って長期の休みをもらい、習いに行きました。

葛布の帯へ

全ての時間が刺激的でした。

それまで、私一人札幌で、どうにもならなくて途方に暮れていたことが、目の前で、いとも簡単に為されていく様に、そしてそれを惜しげもなく教えてもらえること、質問すればすぐに答えが返ってくることに、感動して胸が熱くなりました。

その根底にある、深くて大きな人々の営みと歴史、脈々と繋がれてきた技術に圧倒される思いでしたし、布は、その土地で育まれたもの、 その土地、暮らし、人々と一体となったものなのだ、ということを、心底感じました。
そのようなものを、私などが勝手に北海道に持ち込んで良いのだろうかと 申し訳ないような身震いするような気持ちになったのを覚えています。

それでも毎年葛を採り糸を作り続けました。その原動力は一体どこから来るのか、自分でも不思議でした。

織りも葛布も、初めの頃から、これをいつか仕事にしたいと思っていました。自分の服地を織りたいというのが出発点でしたから、葛布も自然と衣服のための布として考えていました。しかし、光沢やハリの具合など あまりにも独特な雰囲気を放つものですから、この布で、何を作れば良いものか、随分と悩みました。
着物の帯地を織ることを決めたのは 葛布に取り組むようになってから10年以上経過してからです。

画像1

今、私にたくさんのことを教えてくれた方達、そして土地、自然、植物 全てに感謝の気持ちをお伝えしたい。

恩返しができるように、そして、沢山の方に愛着を持って使い続けて頂けるように、良いものを作り続けたいと思います。

画像2


追記・補足説明

アットゥシについて(2022.3.28 追記)

北海道といえばアットゥシ織りであるが、なぜそれについて言及していないか 不思議に思う方もおられるかもしれない。
その経緯と考えについては、過去にブログに書いているので、ご興味のある方はご一読いただけますと幸いです。

やや余談ですがこちらもご参考にしていただけると幸いです(2024.2.20追記)

・2021年8月に書いた記事です。終身雇用大前提時代から副業当たり前時代へ移行した中での雑感です。

・こちらは2024.2月現在の、私の葛布に対する考えに関連する内容のblogです。noteではなく外部サイトです。「北海道で葛布を名乗ることの是非」について長らく自問自答しておりましたが、ここで一つの回答に辿り着いた感があります。


いただいたサポートは制作費として大切に使わせていただきます。 https://kuzunonuno.com