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自分を磨くために|奥山 茂

奥山 茂
経済学部教授・会計学

 学生時代に3年次のゼミナールでは「批判とは何か」というような課題を与えられ、図書館にこもって四苦八苦した経験があります。その際に、最も初歩的な批判としては誤字・脱字の指摘、文章の不備の指摘があることも知りました。大学院のゼミナールでは後輩の学部生にそのような批判をしつつも、自らも徹底的な批判を受ける立場にあったことと、その際に、「間違い・不備に気付かなければその当事者と同レベルかそれ以下だ」と指導教授から指摘されたことが懐かしく思い出されます。

 さて、ここではそのような初歩的な批判に関連して大学で学ぶための前段階、したがって学びのための基礎に焦点をあててみましょう。最近よく耳にしたり、目にしたりすることの多い「リテラシー」という語の本来の意味は、「読み書きの能力」と解されるとのことです。これをもう少し広い意味で捉えることもあるようですが、ここでは「読み書き」に範囲を限定し、更にその極めて基礎的な能力を高めておくことの必要性について身近な事例を取り上げてみましょう。

 私が担当している専門科目では、毎回小テストをおこなっており、その際には当然のことながら手書きでの解答を求めることになります。解答に漢字の誤記が含まれている場合には、翌週の解答例の提示の際に、その間違いを正しておかないと、間違えた本人は修正の機会を逃すことになってしまいます。もし間違って覚えてしまっている場合には、このような機会でもないと誤字を修正する機会もなく、また自分の覚えている間違った漢字を誤字と認識することもなく社会人となってしまう可能性もあります。もし漢字能力に不安があるのであれば、この際改めて再確認することによって基礎固めをしてみてはいかがでしょう。

 また、少人数の演習科目であるゼミナールの際には、スクリーンにパワーポイントのスライド資料またはワード文書を各自の報告書として映し出しているため、誤字といっても入力・変換ミスに起因する誤りが見られます。また、この場合にはむしろ漢字・熟語の読み方の誤りが報告時に発覚します。時折、緊張のあまり単に読み間違える場合もありますが、同じ誤読を繰り返すとか、立ち往生してしまう場合には正しい読み方を知らないことにその原因が見出されます。とはいえ、他人が作成したスライドあるいは文書を読んでいるわけではなく、誰あろう本人が自身で入力し、作成したはずの資料に記されている漢字・熟語を正しく読めないということは、本人にとってはかなり恥ずかしい状況にあると言えます。もちろん、その時に助け舟を出すようにはしていますが、喉元過ぎれば熱さを忘れるように、その場限りで終わってしまっては、進歩がありません。やはり本人がそのような状況に陥ったことにより、「しまった」とか「失敗した」と感じていることが大事であって、そうであれば、その経験を通じて以後ははんをいとわずに事前に調べること、確認することを心がけることに繫がります。このような取り組みは、思い立った時が始め時です。この機会に自分自身の取り組み姿勢をイメージしてみてはいかがでしょう。

 少し時間を遡ることになりますが、3年ほど前に広辞苑(岩波書店)が10年振りに改訂されて、第7版が出版されたことは記憶にあるでしょうか。この出版はニュースなどでも取り上げられて話題にもなっていました。その中には「いらっと」「がっつり」「ちゃらい」というような現代語、あるいは「スマホ」「スルー」「メアド」というようなカタカナ語なども新たに掲載されることになりました。広辞苑の編集者によれば見出し語として掲載するか否かの判断基準は、定着して今後も使われ続ける、またはその可能性が高いということのようです。それらの新たに掲載されるようになった用語が、本当に10年後、20年後にも使われ続けているのかどうかは、興味深いところです。例えば、上記の現代語の3つの用語は、友人・家族間などのいわば身内の会話であれば許容されるとしても、公式の場面で使用されるような用語ではありません。つまり、広辞苑に新たに掲載されたことによりいつでも、どこでも、どのような場面でも好き勝手に自由に使える用語として認められたということではないのです。その都度、それぞれの場面に応じた用語選択、言葉遣いが求められていることはいうまでもありません。その判断を誤れば、場合によっては自身にとって不利益を被ることがあるかもしれません。

 常日頃、学生から送信されてくるメールを読む立場にある身としては、メールの文面から確かに用件は伝わってはいるものの、この文面ではいかがなものかと思うことが少なからずあります。もちろん他方では1年次生であっても申し分のない文面のメールが届くこともあります。実際に、私の2年次ゼミナールでは初回にメールの作法について念のための確認をすることにしています。この作法は、先々いろいろな場面でも広く応用できるはずです。特に、インターンシップ、あるいは就職活動の際などには、その場面に応じた適切な文面のメールを送ることができるでしょう。メールは身近なツールとなっていますし、最近では学生相互では他のツールも活用されているようですが、その際にも公私の区別と、文面にも場面に応じた用語選択、文体、書式の適切な使い分けとを意識することはマナーとして必要です。

 これからの4年間という時間を主に学びに充てることはもちろんですが、これまでの自分をより一層磨き上げた新しい自分に変えていく機会と捉えて、自分を磨くための基礎固めの一環として批判も役立つことを願っています。

奥山 茂
経済学部教授・会計学

『学問への誘い』は神奈川大学に入学された新入生に向けて、大学と学問の魅力を伝えるために各学部の先生方に執筆して頂いています。

この文章は2021年度版『学問への誘い—大学で何を学ぶか―』の冊子にて掲載したものをNOTE版にて再掲載したものです。