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人が文章に没入するとき

今月から「ぶんしょう舎」のライター育成コースに参加しています。ライターコンサルの中村さんに月1回の添削指導をしていただけて、なおかつ豪華登壇者のトークイベントも月2回視聴できるという大変お得なコースです。お得と言っても、月3万円×3ヶ月なので、いまの私からすればかなりの投資。いまの、というより30年生きてきて過去一番の自己投資かもしれません(旅にもかなりお金を使ってきましたが、ここでは旅は一旦除外します)。

☟中村さんのTwitter

本コースで私が学びたいのは「インタビュー記事の書き方」について。「むすびかた」では対話型とよばれる、聞き手と話し手の会話形式で進むフォーマットを採用しているのですが、いわゆる3人称型の記事はこれまで書いたことがありません。しかし、メディアなどでよく見るのは3人称型。いずれ求められたときに書ける地力をつけるために、今回のライティング講座に申し込みました。

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今日は中村さんから1回目の添削フィードバックがありました。
電話で中村さんが添削箇所についてご説明してくださるのですが、いろいろと目からうろこの学びが多く、途中から「なるほどぉ」しか言えませんでした。あまりよくないなぁと思いつつも、その言葉しか出てこなくて、ちょっと焦りました。そのくらい勉強になることばかりの30分でした。

印象に残っているアドバイスの1つが、「人が文章に没入するのは、具体的に映像をイメージできたとき」という中村さんの言葉でした。映画に没入できるのは映像の力が大きく、文章でいえば読んでいる人の頭の中で映像になっているかが、没入するかしないかの分岐点とのことでした。

そのお話になったのは、インタビュー記事の冒頭、インタビュイーを紹介する導入文で私が何気なく使った「20代」という言葉がきっかけです。インタビュイーがまだ若くして重責を担っていることを表現するために入れたワンワード。しかし、20代と言っても20歳か29歳かで印象は全く変わります。頭の中の映像もしかりです。20歳の男と29歳の男では、肌の艶、目の感じ、ファッション、いろいろと違うでしょう。20歳でデビューと29歳でデビューで「早熟の天才感」も大きく異なります。20代でデビューと書いてあったら、イメージの輪郭がぼやけます。つまり、読んだ人のなかで映像になるかという視点で見れば、最適な言葉選びではなかったのです。

「いいインタビュー記事は写真がなくても映像が浮かぶ」

中村さんはそうおっしゃいました。

これまでの私は、対話型の、そのときあった「会話の空気感」、そのとき「そこに存在していた人の空気感」を文章として保存できる点に魅力を感じていました。対して、3人称型の書き方は、単に経験不足もあり、どこか面白みを見つけられていませんでした。しかし今日、3人称型は「映像をイメージさせる」というチャレンジがしやすいのではと思ったのでした。

どんな型で表現するかによって、インタビュー記事のなかでできることが変わる。なんとなく分かっていましたが、腹落ちしたのは今日が初めて。それが、私にとっては大きな発見でした。

★追伸
中村さんの添削コースは、他の受講生の方の記事(添削前、添削後どちらも)も読めるので、それもかなり勉強になります(私は全部読んでます)。シーズン3の申し込みは定員に達してしまったみたいですが、ご興味のある方は次回の募集の際ぜひ参加してみてください~

21/11/30

★自己紹介

★インタビューメディア「むすびかた」

★ZINEのつくりかた(有料note)



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