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隙間からあの日の君が見えた気がした《140字小説:2024年7月分①》

X(旧ツイッター)で書いた140字小説をまとめたものです。


庭で育てているベビーリーフを、今晩サラダにでもしようと思っていたら「よしなさい」と声がした。声の方には能面を被った小人がいた。「半夏雨には毒気が混ざる。七夕まで待ちなさい」そう言って消えた。疲れて幻覚でも見たのだろうか。言う通りにしてみよう。少し分けたら、また来てくれるだろうか。

『収穫時の訪問者』


古い銭湯があった。番台にいた婆さんに「誘惑に気をつけて」と言われた。女湯を覗く顔にでも見えたのか。男湯は俺一人。身体を洗っていると、何処からか音楽が鳴り始め、なんとタワシが踊り出した。異様な光景に腰を抜かすが、次第に慣れた。これ、絶対バズるよな。撮ったら駄目かな。少しくらいなら。

『銭湯の誘惑』


海岸を散策していると、波打ち際でボトルメールが揺れていた。このご時世に。しかし少し憧れもあった。どこから来て、何と書いてあるのか。家に持ち帰って、ボトルの蓋を開けた。期待感に包まれながら、中の手紙を読む。『貴方運命の人。今夜、絶対に会いに行きます』そのとき玄関のチャイムが鳴った。

『ボトルメールの手紙』


河原で背後から声をかけられた。「私はクラムボンです」「え、あのクラムボンですか」「そうです。あのクラムボンです」「そうですか。貴方って結局なにですか?泡?」返事はない。振り向いてあの日の問いを解く勇気は、冷たい汗と、手にしていた梨と共に川の中へ落ちていった。時間だけが過ぎてゆく。

『クラムボン』


鰻と穴子を掛け合わせて子を作れば、一儲け出来るのではないか。同じ水槽に入れ、幾日も「子を作れ」と囁いた。ある晩、ぬめりとした何かが俺の足から這い上がってきた。そいつの体液に飲み込まれ、溺れる寸前で目を覚ました。その日の朝、水槽の中に卵があった。ゴルフボール程の卵が、俺を見ていた。

『掛け合わせの子』


「今年の小暑は今日だよ」と風鈴売りが告げた。「節句でないのか」「37年ぶり」ふうん、と返した。「風の便りはどうだい」と風鈴を差し出される。「便りなら暑中見舞いでも出すよ、葉書でね」「今どきかい」「知り合い全員に送って、そんで葉書で返ってきた奴に」「奴に?」「会いに行く。それだけさ」

『夏の便り』


その商店街の大通りは、10m程の巨大な竹が一定間隔に立ち、頭を垂れた枝は数万もの笹と、五色の短冊を下げていた。風はなく、止まった雨の様だった。視界を覆い、思うように前へ進めない。 僕は青い短冊を目の前の笹に下げた。刹那、風が靡いて全ての笹が揺れた。隙間からあの日の君が見えた気がした。

『笹の葉の隙間から』


林の中でロリータ服を着た女が、バケツにピンクのペンキと長い縄を入れていた。「縄がピンクに染まるのを待っているの。縄まで可愛くするの良くない?」「ふうん。需要あったりして」その後、女はネットでカラフルな首吊り縄を販売し始めたが当然炎上した。貴方のせいだ、責任取れと毎日縛られている。

『束縛する縄』


ストレス対策として、政府は『国民が泣く日』を設け、政府製作の動画を各地に配布、監視員同席の上映時間を義務付けた。「貴方は泣いてませんね」「泣けませんよ、こんなの」若者は別室へと連れて行かれた。しばらくして指先をガーゼで抑え苦痛な表情で戻ってきた。「痛む様ですが動画で泣いて下さい」

『泣ける日』


夏は霊が多く恐ろしい。今朝も納豆を混ぜていると、小窓から男がずるりと入ってきた。入ってくるなり、「ネバネバだけ、くれ」と言ってきた。繰り返しネバネバを要求していたが、見えないふりをしていると玄関から出ていった。外に出ると、通学中の小学生達が「ネバおじ」とさっきの男を指刺していた。

『恐ろしい人間』


「約81億人か」「地球人口?」「地球人口って」「少ないね」「多いだろ」「火星人口は約398億人」「火星人がいるとしてそんなに多くはないだろ」「…君たちってさぁ。『霊は見えないけどいる』的な想像はするのに、『火星人はいるけれど、地球人には見えていない』って想像しないのは何故なんだい?」

『各世界人口の想像』


一度は会社の定期健診だけじゃなくて、人間ドックも受けた方がいいと同僚に勧められた。受付に行くと、少しお待ちくださいと言われ、一時間も待たされた挙句、「こちらでは受けることが出来ません」「どうしてですか」「どの検査機械も長さが足りません。ろくろっ首さん」首を長くして待っていたのに!

『検査できません』


うちの田舎は7月に盆迎えをするので、会社に後ろめたさを感じながら早めの盆休みを貰った。家の前の迎え火にしながら、「うちだけでも8月にすりゃいいじゃん」と独り呟いた。「すまんな、どうしても隣の田中さんと帰って来たいんだ」爺ちゃんは田中さんと仲良かったからな。ああ、もう本当、クソ田舎!

『7月の盆休み』


内視鏡検査後、医師が真っ青な顔で写真を見せた。「これは貴方の胃の中の写真です。ここに小さく男が写っている」写真の男は連続児童殺人の犯人だ。「本当にこいつが、胃の中にいるんですか?」思わず声が震えた。「本当に信じられませんが」「へへ…やった…うちの娘の敵、ゆっくりと溶かしてやる…」

『胃の中の男』


海に浮き輪を浮かべて、その上に寝そべって、ぷかぷかと浮きながら入道雲を見ていた。知り合いの人魚が顔を出して、「何してんの?」と声をかけてきた。「身を任せてんの」「ロープで繋がれているのに?」「流されないためだよ」「ねえ、私と結婚してよ」返事をしないで刻が過ぎる。「たゆたわないで」

『海にたゆたう』


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