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『明日をもって、この世界を終わらせることにした』

「明日をもって、この世界を終わらせることにした」
 ある日突然、神を自称する巨大生命体が現れ全人類にそう言い放った。

 そう宣告された時、人類は大掛かりなドッキリか、プロジェクションマッピングのような映像か、はたまたどこかの国の秘密兵器やロボットか、などと現実逃避をしたが、それは刹那の妄想にすぎなかった。
 それは紛れもなく神である。目の前の巨大生命体が、神々しく、絶対的な存在だと瞬時に理解したのである。
 それこそが、神が神である証明であった。

 緊急で国際会議が実施され、「なぜ世界を滅ぼすのか」という疑問を、とある国の大統領が代表として神に聞いた。
 神は言った。今まで1日に1人だけ願い事を叶えてきたが、誰からも認知されず、人間は自分達が作り上げた神ばかりを信仰している。それに嫌気が差した。
 それなら一度すべてを消し去り、最初から作り直してしまおう、という考えに至ったとのことだった。

 1日1人の願いを、人々の知らぬところで細々と叶えていたところで認知されるわけがない。非常に納得のいかない話だが、神にとってはそんな理不尽など、知ったことではなかった。
 世界中の権力者達は謝罪の限りをつくし、世界滅亡を取り止めにしてくれと懇願したが、神は頑固として首を縦には振らなかった。

 そんなやり取りをしているうちに神は言った。
「今まで1日1人の願いを叶えてきたが、今日も例外ではない。今日も1人だけ願い事を叶えよう。今日に限り、その選ばれた者を発表する!」
 神は懐から写真らしきものを取り出そうとしている。少しだけ見せては隠し、また少しだけ見せては隠しを繰り返し……まるでお楽しみ会でもしているかのようだった。人類にとっては全く楽めないがことだが、これ以上神の機嫌を損ねないよう黙って耐えていた。
 いったい誰が選ばれるのか。世界中が息を呑んで発表を待った。
「この者だ」
 神が一枚の写真を掲げた。

 リビングで朝食を取りながらテレビを見ていた俺は唖然とした。
 テレビ画面は、神が掲げた写真を映し出している。そこに写っている顔は紛れもなく、俺だったのだ。

 かくして、約70億人の全人類から選ばれてしまった俺は、日本の国会の一室に連れてこられていた。
 こういう時の政府の対応は迅速たるもので、写真が公開されるのと同時に政府のお偉いさんの使いが自宅へやってきたのだ。
 お偉いさん方は、俺に世界滅亡を取り消しにする願いをするように指示してきたが、それは神にはあらかじめ対策済みだったようで願い事に4つの条件を足してきた。

 ひとつ、願い事は自分に影響する願いであること。他者の幸福を願ったり、他者の願いの代弁をしてはならない。
 ふたつ、地球以外のどこか、異次元、未来や過去など別の時空へ飛ばすようなことを願ってはならない。
 みっつ、願いの数を増やす願いはしてはならない。
 よっつ、『世界滅亡を取り消してくれ』は聞き入れない。

 人々は落胆した。世界の危機は逃れられないのだ。
 あくまで、俺はただのラッキーボーイで、死ぬ前にひとときの夢を見せてもらえるだけなのだ。また、その条件を決めていたあたり、神は俗世な願いをお求めらしい。
 人々はそれを理解し、各々『世界最後の日をどのように過ごすか』という考えにシフトし始めた。

「今日のギリギリだと、願いを叶える時間がなくなるから、うん、まぁ、17時くらいを目安に教えよ!」
 そう言って神は姿を消した。会社の定時か何かか。

 さて、どうしようかと思い悩む。
 どうせ最後なのだから、『好きなアイドルとセックスさせて下さい』とかにしておこうか。
 そう考えたが、全人類の中から神に選ばれたということで、各国々のメディアが、俺が願い事をする瞬間を中継しようとしていたものだから、下手なことは言えない状況だった。メディアの、最後の日まで職務を全うしようとする姿勢には感服する。

 俺は世界最後の日というのに案外冷静であった。今更騒いだところでどうにもならないと悟りを開いていた。
 その悟りが功をなしたのか、俺にひとつの閃きが舞い降りた。

「時間になった。願い事を聞こう」
 17時、再び巨大な神が姿を現し、俺に願い事を聞いてきた。
 ギャラリーが見守る中、俺は答えた。
「神様、どうか、“明日”を下さい」
「世界滅亡中止の願いは聞き入れられないと言ったはずだ」
「世界滅亡を取り消して欲しいとは言っておりません。俺は“明日”が欲しいだけです。あなたはその次の日に、世界滅亡を行えばよいでしょう」
「確かにそうだ。それなら“明日”はやろう。そして明後日に世界を滅ぼすことにする!」
「感謝致します。……ところで、あなたは明日も1人の願いを叶えるのですか?」
「そうだ。1日1人の願い事を叶えるのが私の神である仕事だ」
「そうですか。では、世界は滅亡しませんね」
 俺のその言葉で、神も人類も理解した。
 その日選ばれた人間が、“明日”を願い続ければ、滅亡の日が訪れることはない。

 神は苦虫を噛み潰したような顔をし、悔しそうに拳を震わせた。
「いいだろう。そのかわり、願いの対象の人間を発表するのは本日限りだ。明日以降は誰が選ばれたかは秘密とする」
 そう言って神は消えた。

 そして夜が明け、“次の日”はやってきた。
 世界は救われたのだ。

 俺は世界を救ったヒーローとして一躍有名になった。その甲斐があってか、アイドルと付き合えることになったので、ある意味本当の願いは叶った。
 神が願いを叶える対象者を言わないと宣告したので、人々は皆「明日が来ますように」と願った。その次の日も、その次の日も、人々は明日を願うようになった。
 明日が来るのが当たり前だと思っていた人々は、明日がまた来る喜びを毎日感じて生きるようになった。死を望んでいたような人も、世界滅亡寸前を味わったことで、生きる希望を見出したらしい。
 人類が幸福に満ち溢れ、“当たり前の日常”に感謝して生きるようになった。

 しかし人類は気づかなかった。ある次の日の願いの対象者が、生まれたばかりの赤ん坊であるということを。

おしまい。


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