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『ASMR』

「なあ、何の曲聞いてんの?」

「これですか?曲じゃないです。ASMRです」

「洋もの聞いてんのか」

「洋楽じゃないです。ASMRです」

「何だ、そのASMRって」

「……ASMR、英訳すると Autonomous Sensory Meridian Responseは、人が聴覚や視覚への刺激によって感じる、心地良い、脳がゾワゾワするといった反応・感覚。正式、及び一般的な日本語訳は今のところ存在しないが、直訳すると自律感覚絶頂反応となる。読み方はアサムラ、アサマー、エー・エス・エム・アールやアスマー(エイスマー)、アズマー(エイズマー)が広まっている」

「ウィキペディアをそのまま読み上げすんの止めろや」

「うーん、簡単に言うと心地よい音ってことじゃないですか?」

「『眠れない?ラジオ感覚で僕の話でも聞いてみなよ……』ってよく動画の前の広告で流れるようなやつか?」

「いや、それとは違いますが……あ、でも囁き声のトークASMR動画とかあるし……うーん……広い意味ではそれもASMRかもしれませんね」

「俺がCMの声真似した事に対してはスルー?」

「はい」

「ええ……?そんなはっきりと……。
 あー……あれだ、ヒーリング音楽とは違うの?」

「うーん、『音』なんですよ。こう、『風で木の葉っぱはざわざわする音』とか、『川の水が流れている音』とか」

「ヒーリング音楽じゃね?」

「あ、本当だ!ヒーリング音楽だ!
 …………いやいやいや!
 他にも『タイピングを滑らかに打つ音』とか『お菓子の咀嚼音』とかもあるんですって」

「昔、タイピングで『タタタタターン!タン!ドヤっ!』ってみたいな画像あったよな」

「他にも『耳かきボイス』とか、『包丁で野菜を切る音』とかもありますね」

「お前さ、無視するのやめてくれる?
 恥ずかしいから。恥ずかしいので!」

「煩いです」

「俺の方が先輩だよな?」

「先輩の方が先に無視してますよね」

「そうだな、ごめん!
 えっと、つまり?心地よいって感じる音なら何でもそれに入るってこと?」

「そうなんじゃないですか?」

「つまり、ASMRの大括りの中にヒーリング音とか、眠れない夜の囁きラジオとかが小括りに入るってこと?」

「ええ?うん?」

「じゃあ、世の中の音、全部ASMRってこと……気をつけろ!この世はASMRに支配されつつあるぞ!」

「煩いです」

「この世の全てがASMRなら俺の声もASMRなんじゃないですかぁ!?
 もっと俺の声も聞いたらいいんじゃないんですかねえ!」

「はあ……僕は専門家じゃないんで。よく分からないです」

「よく分からないのに聞いてんのかよ!」

「だって心地よいんですよ。癒しですよ。癒し。ですから先輩の声はASMRではありません、はい論破!」

「はいはい、そうですか!
 で、お前は今、何のASMRを聞いてんの?」

「『雨音』のASMRです」

「なんて?」

「ですから、『雨音』のASMRを聞いています」

「……イヤホンで?」

「そうです。雨の音って落ち着くんですよ」

 そう言って、その男は目を閉じ、イヤホンの“雨音のASMR”に集中し始めた。

 もう一人の男は窓の外に目をやった。

「今の時代は雨の音も養ものか……」

 午後から降り出した雨は、まだまだ止みそうにない。


 終

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