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『同僚の馴れ初め話』

「嫁さんとはどうやって知り合ったの?」
 飲み屋のカウンターで、既婚の同僚に何の気もなしに話題を振った。
「高校のときの、後輩」同僚は少し歯切れの悪そうに言った。
「高校から?長いなぁ」
「まあ……」
「嫁さんのどこが良かったの?」
 俺がそう聞くと、同僚は顔をしかめながら答えた。
「どこも良いところはないし、俺は、別に好きでもない」
 俺はおもわず苦笑し、「何か家庭の事情とか?」と聞いた。
「いや、違う」
「じゃあ……」
「高校のとき、彼女に呼び出された。よくある告白のためのやつで。
 あれは学校にあった蝋梅の木の下だった。黄色い蕾がつき始めていたのをよく覚えている。そこで告白された。そして僕は彼女を振った」
「彼女の方が告白して、それで振ったのか」
「そうだよ。彼女と話したのはそれが初めてだったから。後輩といっても部活の後輩でも何でもなかったし」
「へえ」
「彼女を振った後、諦められないと彼女は僕にずっと付き纏った。軽いストーカーだよ。それで僕は次に見かけたとき、いい加減にしてくれと彼女に言おうとした。
 そんなことを思っていると、急に彼女は僕のところに来なくなった。安心したよ。彼女が僕に関心がなくなったんだって」
「あー、急に引かれたもんだから、逆に興味が湧いたんだ」
「……彼女が僕に言ったんだ」
「何て?」

 ──私の家には貴方がいる。

「は?」
「だから貴方はもう必要ない、と」
「はあ……」
「気持ち悪いだろ?」
「……そうだな」
「僕は小心者だから。それがどういうことか気になってしまった。それで彼女にあれこれ探りを入れている間に……いつのまにか結婚していた」
「いや、いつのまにかって……奥さんに段々惹かれていったんだろ?」
「……本当だったから」
「何が」
「彼女の家に僕がいた」
「……は?」
「いたんだよ、彼女の話は本当だった。もう一人の僕は彼女を……妻を激愛している。あいつらが籍を入れた。そしたら何故か戸籍上で僕が彼女と結婚したことになっていた」
 同僚の声は震えていた。
「放っておいたら次に何をされるか分かったもんじゃない。それで一緒に住んでいるんだ」
「そんな話……」
「信じられないだろう?信じなくてもいいよ。でも僕はもう帰るから。早く帰ってあいつらのことを見張っていないと……」
 同僚は机に一万円札を置き、ぶつぶつと何か言いながら店を出ていった。
 
「やべえ……」
 俺は酒を飲みながら、あいつとは距離を置こうと決めた。まともな奴だと思ったのに。数少ない付き合える同僚が減ってしまった。

 一人で酒を飲んでいると、2つ席の離れた女が俺に声をかけてきた。
「お兄さん、私と付き合わない?」
 人生初の逆ナンだった、しかし。
「あー……すみませんね、俺彼女いるんで」 
 全然タイプじゃなかった。彼女なんてもう何年もいないが、適当に嘘を言った。
「ふぅん、まあ、いいや──」
 女は席を立ち、会計に向かって行った。その途中で、俺に耳打ちした。
 さっきの俺たちの話を聞いていたんだろう。そうに決まっている。しかし、もう俺はあの女のことが気になって仕方がない。

 ──私の家には、貴方がいるから。

 了。

 1月2日の誕生花:蝋梅
 花言葉:『ゆかしさ』

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