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『一方通行風呂』

 ある男が銭湯へとやってきた。
「人生をやり直せると聞いたのですが」
「その通りですが、先に進まなくて良いのですか?」
「いいのです。先の未来に希望なんてないのですから」
「仕方ありませんね。こちらへどうぞ」
 男は一つの湯船に案内された。湯船には青の長方形に白字で矢印が書かれた看板が掲げられていた。
「これは?」
「お客様、自動車の免許は?」
「ありますが」
「ペーパードライバーですか?」
「いいえ」
「ご存じない?」
「……『一方通行』の交通標識ですか?」
「ええ。こちらは一方通行風呂。湯船に浸ることで、あなたの人生を一度流し、最初からやり直せます。しかし逆走はできません」
「逆走?」
「お客様、自動車の免許は?」
「……もういいです。どうすれば良いですか」
「風呂に浸かり、栓を抜いて下さい」
 栓を抜き、湯が排水溝に流れ始めると同時に、男の昨日の景色が浮かんでは消え、一昨日の景色が浮かんでは消えた。男は今までの人生全てを流すと、排水溝の中へと吸い込まれていった。

 一人の男が銭湯へとやってきた。
「人生をやり直せるときいたのですが」
「お客様、なかなか前へ進めませんね」
「何のことですか」
「仕方ないですね」一方通行ですから。


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