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耳が聞こえます。助けてください。①

連載「耳が聞こえます。助けてください。」① byりこ
(この小説は今現在、くつばこのメンバーに起きている事実をもとにしています。)


春だった。
大学1年生の春だった。

私は高校の卒業とともに、世界の変化の流れの中に立ち、ただ家で時間を持て余していた。ワクチンのないウイルスが、世界を駆け巡っている。人の行き来は滞り、根拠のない情報だけが、イラついた感情にのせられてけたたましくうごめいていた。
私は大学に通うはずだった。広いキャンパスで、広い教室で、新たな友達と新たな学びに心を躍らせるはずだった。大学は、ずっと入りたかった憧れの大学で、何度もオープンキャンパスに足を運んで、大学生になるイメージをもくもくと膨らませていた。私は生まれつき障害があるので、「障害学生支援センター」の職員さんとも話し合い、この大学なら受け入れてくれるだろうと安心していた。
しかし、何が起こるかわからない。大学に通うことは難しい状況になった。5月からオンライン授業が始まることになり、家で通信環境を整える。一人っ子なので、家に子供は私しかいない。8畳の自分の部屋に1人。机の上に置いたパソコンにオンラインビデオ通話アプリをダウンロードし、カメラの移りを確認する。どうしても下からの角度になってしまう。初対面の外見は大事だって言うのに、これじゃだめだ。パソコンの下に台を置いて、調整することにした。
そして今日、オンライン授業が始まる。


「おかあさん、静かにしててね。授業だから。」わたしは注意しておかないと歌いながら部屋に入ってきかねない母にそう言うと、大学から配られている、オンラインミーティングに参加するためのリンクを開いた。読み込み中の円がくるくるとまわる。後何回回るかな。10回くらいかな。そう考えていた時、ぱっと画面が切り替わり、田村教授と受講者の顔が映し出される。かわいい子がたくさんいる。左下に「ビデオをオンにする」というマークがあったので、私もそこをクリックし、顔を出した。みんなそわそわしながら、授業開始を待っている。私も例外でなく、授業への楽しみとともに、情報保障がちゃんとされるかとても不安に思いながら授業の開始を待っていた。下だけ着替えていないパジャマのズボンのポケットのしわを伸ばす。何人いるんだろう。障害への理解はしてくれるかな、田村教授。うわぁ、真面目そうだなぁ。白いおひげがボーボーだ。
ちなみに情報保障とは、身体的障害が理由で会議や生活の中での情報が得られないことがないよう、提供する側が他の方法(例えば文字や声)で情報を伝える、という仕組みのことだ。これをしない場合、準備にとてつもない労力がかかるなどで実現不可能な場合を除いて「障害を差別している」とみなされることが条例で定められている。

おっと、授業が始まったようだ。
(だめだ、これじゃ全然わからない…)
教授はひらひらとしゃべっている。私以外の受講者はみんな教授が何を話しているかを読みとれているようで、画面をじっと見ながら、うんうんとうなずいている。だめだ、やっぱり障害者の多い大学にした方がよかったか…。


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