13.紅殻町工業フォート攻防戦(2/3)
2/3
「日与くん、あなたが人間でいる限り私はあなたの味方。だけど中身まで完全に血族になったらそうも言っていられない。必ず明来くんの元へ生きて帰るって約束して」
日与が不承不承ながら頷くと、永久は苛立たしげにガムを包み紙に吐き出した。
「まったく、少年課じゃなくてホント良かったわ。あなたみたいなのを相手してたらストレスで死んじゃう!」
「そうだよ。味方になるって言うのはお守りをするってことじゃないんだよ!」
女二人が言葉を重ねると、日与は自分の耳を手で塞いで喚いた。
「ああああ! 両側から言うんじゃねえ! やめろ! わかった!」
日与はふてくされ、腕組みしてシートに沈み込んだ。ぽつりと呟く。
「滅却課の課長は来るかな。九楼ってヤツ」
「これだけ大規模の作戦よ。現地で指揮を取っている可能性は高いわね」
「そいつが汚染霧雨を降らせてる血族を知ってるはずだ。ブチのめして吐かせてやる!」
永久のスマートフォンがコールした。彼女の上司からだった。
「佐池、どこほっつき歩いてんだ! テレビをつけろ! 今すぐそこに行け!」
永久はカーナビのテレビをつけた。臨時ニュースの映像を見た彼女は、小さく唸り声を上げた。
「遅かった。あいつら、もう設置を始めてる」
* * *
〝もっと大好きな自分へ、いつも元気な自分でいたい……輪違《わちがい》製薬のシンセメスク錠スーパープラス!〟
人気アイドルグループが歌って踊っている。メンバーたちは疲れ顔になってその場に座り込んだが、口にシンセメスク錠を放り込むとまた元気に踊り出した。
〝有効成分を独自製法により倍量配合! いつも元気なあなたになろう! 輪違製薬の合法麻薬《リーガル・ドラッグ》は絶対安全、完全合法。説明書きをよく読んで用法・用量を必ず守ってね!〟
CMが明けると女のレポーターが実況を再会した。場所は紅殻町工業フォート北口玄関前だ。
「引き続き紅殻町工業フォート占拠事件の模様を生中継でお送りしております! テロリスト数十人がフォート内に侵入し、住民を人質に立て篭もっている様子です。現在、市警特殊部隊との銃撃戦が散発的に続いているようです」
工業フォートとは工場が集まって出来たフォートで、大企業が所有するものと町工場が集まった寄り合い所帯のものがある。紅殻町のものは後者で、違法な地下工場が複数あるとされ問題になっていた場所だ。
内部は大小の工場が密集し、天井ドームからは煙突や背の高い建物の一部が飛び出している。漁網めいて絡み合う大量の電線が、無法かつ無秩序な拡張工事が幾度と無く行われたことを物語っていた。
カメラが周囲に向けられた。市警がフォートを取り囲み、それを更に取り囲んだマスコミ各社が生中継を続けている。
天外TVのレポーターはフォート前に設置された屏風型のパネルを指差した。
「あちらは市警が設置した防弾パネルです。えー、流れ弾避けということで、こちらからは中が見えなくなっています。また向こうではフォート住民やその家族が中の様子を知ろうと市警に詰め寄っているようです」
フォート出入口前には野次馬、たまたま外界にいた住人や中に家族がいる人々、終末論を叫ぶカルト教徒などが集まって市警の機動隊と対峙し、一触即発となっている。
その混乱のさなかに、一台のパトカーが滑り込んできた。
リポーターがカメラと共にそちらへ走る。
「あっ! あれは中央署の風山副署長です! たった今到着したようです!」
男がパトカーから降り、警官数名に警護されてやってくる。レポーターがマスクを突きつけた。
「風山副署長! 状況はどうなっているんですか!」
「突入させた特殊部隊がテロリストと交戦中だ。間もなく鎮圧を終えるだろう」
「テロリストの要求は? 人質に危険が及んでいるでのは?」
「天外市警はテロリストといかなる交渉もしない。人質の安全には万全の注意を払った上での作戦だ」
「あの防弾パネルでマスコミの目から隠そうとしてるんじゃないですか!」
「安全確保のためだ。ご理解願いたい」
風山は短くコメントし、足早に仮説本部へ向かった。スマートフォンで資料に目を通しながら、風山はフンと鼻を鳴らした。
(中に警官などおらんわ。一時間半後に追い詰められたテロリストが自爆したという名目で爆弾が爆発しフォートは壊滅。数日後にはツバサの主導で新フォート建築計画が持ち上がり、政治家と建築屋が税金を動かす。血盟会め、うまくやりおるわ)
* * *
紅殻町工業フォート、商業区商店街。
店先では工業部品や工具などが小売りされているが、その裏で扱っているのは密造銃《ジップガン》、電子ロック開錠機、スキミング装置、生体脳通信機、合法麻薬《エル》精製ドリッパーなどの違法製品である。
「ウワアア――ッ! く、来るなーッ!」
ズダダダダダダ!!
ヤクザは悲鳴のような雄叫びを上げてマシンガンを乱射!
「ア゛ー、ア゛ー……」
それに対するのはコンクリートじみた顔色、どろりと濁った眼、引きつったようにぎこちない動き……背広姿の歩く死体たちであった。アンデッドワーカーである。
タタタタタタ!
アンデッドワーカーたちは銃弾に身を晒しながら、ヤクザたちにサブマシンガンを撃ち返す。
数時間前、アンデッドワーカーの群れが突然雪崩れ込んできた。そして無差別攻撃を始めたのである。
これに対して紅殻町フォートを縄張りにしているヤクザ、ギャング、終末カルト教徒は一時的に共同戦線を張り、必死の抵抗を試みていた。
物量もさることながら、もともと死体であるアンデッドワーカーは苦痛も恐怖もなく、撃たれようが手足がもげようが平然とヤクザたちに向かって行く。フォート側の防衛線は崩壊しつつあった。
「ウオオ! ここを誰のシマだと思っとるんじゃあ!」
吠えながら日本刀を振り回すヤクザに、全身銃創だらけのアンデッドワーカーが飛びついた。ボロボロの乱杭歯がヤクザの喉を噛みちぎる。
ブチブチ!
「ギャアアーッ!」
「ヒイイ!?」
部下ヤクザがその様子に恐怖し失禁! 悲鳴を上げて逃げようとするがその先には別の背広の男が立ちはだかっていた。
「ウワーッ!」
狂ったように銃を撃つが、相手は超高速で上半身を左右に振って容易く回避した。人間業ではない。
背広の男はのっぺりした顔をぐいと近付けると、ヤクザの頭を掴んで体を吊り上げた。男の胴がぐんぐんと伸びて異様な胴長の体型へと変形しているのだ! ムカデじみた十六対の虫の脚がギチギチと音を立てて開く。
悪魔じみた異様な姿にヤクザは気も狂わんばかりに恐怖した!
「ア、アーッ?!」
ジャキン!!
その脚が相手を抱きしめるように閉ざされ、ヤクザは輪切りにされてバラバラと床に落ちた。
「はい、チョッキン!」
ムカデ男は楽しそうに笑ってヤクザの頭を投げ捨てた。
ヤクザたちを壊滅させたアンデッドワーカーは、四つん這いになって死体を食い始めた。地獄さながらの光景であった。
「ウオオ!」
「アバ!?」
アンデッドワーカーの一人がバールで頭を叩き割られ、倒れた。それをやったのは汚れた作業着姿の老人である。店舗に隠れていたのだ。
店舗から飛び出した老人は、破れかぶれでムカデ男にバールで殴りかかった!
ムカデ男はひょいと体を屈め、老人のバールを持つ腕を掴んで軽々と持ち上げた。
「おのれェエ、貴様ら! ツバサの手先か!」
足をばたつかせながら怒鳴る老人に、ムカデ男は大笑いした。
「ヒャッハッハ! 当たりだよォ。ゴミ捨て場の大掃除に俺ら滅却課がわざわざ来てやったんだぜェ」
そのとき、ロケットランチャーを抱えた終末カルト教徒が物陰から現れた。
「終末の神よ! 愚者に神罰をォ!」
「愚者ァ? 俺はビシャモンって名前があるぞォ」
老人に構わず教徒はロケット発射! 煙の尾を引いて飛んでくるロケットに対し、ビシャモンの背後で突然甲高い金属音が上がった。
カキーン!
飛んできた野球ボールがロケットに直撃! 空中で爆発!
ドォォン!!
ふたたびカキンという金属音! 呆気に取られた教徒の眉間に次の野球ボールが直撃し、その頭がスイカじみて砕け散った。
グシャア!
背広の上にベースボールジャケット、野球帽という姿の血族がビシャモンの背後から現れた。手にした金属バットで自分の肩をトントンと叩きながら、ガムを床に吐き捨てる。
「ツーランヒットってとこか」
「バットボーイくんかァ、やるゥ。そっちの掃除は?」
「とっくに終わった。つーかお前がトロすぎんだ」
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