17.VS.九楼(1/3)
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ドリーム橋田を出たあと、商業区の路地を走っていた永久とF.Fはぎょっとして立ち止まった。
アンデッドワーカーの群れが通路をふさいでいる。死体に群がって貪り食っていた彼らは、生気を感じ取って振り返った。
「「「ア゛ア゛ー!」」」
「食らいやがれ!」
バン! バン! バン!
銃弾を浴びせて包囲を切り抜ける。だがその銃声を聞いたアンデッドワーカーたちがあちこちから這い出し、集まって二人を追ってきた。
「「「ア゛ア゛ア゛ア゛ー!!」」」
永久は走り出そうとして、その場にひざまずいてしまった。胸に開いた傷からとめどなく血があふれ出し、応急処置に巻いた布切れを真っ赤に染めている。失血で体温が下がり、指先が凍りそうに冷たい。
死ぬ気で立ち上がり、F.Fを抱えてよたよたと走り出したが、もはやその足取りはアンデッドワーカーよりも遅い。
振り返って銃の引き金を引いたが、もう弾がない。
「花切《かぎり》さん、ちょっとだけ力を貸して! ちょっとでいいの……」
永久は祈るように呟いた。絶望感がひしひしと永久の背にのしかかってきた。
F.Fが不意にぼんやりとした口調で言った。
「俺ひとりじゃ動けねえ」
「わかってるわよ! あんたもちょっとは努力なさい!」
怒鳴り返されたF.Fは首を振った。
「そうじゃねえ。まあ……行ってくれや」
F.Fは永久に義眼を握らせた。
「その中には反血盟議会の名簿と、俺たちが死に物狂いで掻き集めた血盟会の情報が詰まってる。それだけは失うわけには行かねえんだ! 死んだ仲間に約束しちまったんだ、必ず一矢報いるって……」
「市警の私を信じるの?」
F.Fは笑った。
「常盤花切は反血盟議会のメンバーだったんだ」
「……!」
「そいつをよこせ」
F.Fは手を差し出した。永久はしばらくその手を見つめたあと、ピンのないテープを巻いてレバーを固定した手榴弾を彼に渡した。
手榴弾を手にしたF.Fは足を引きずって来た道を戻った。アンデッドワーカーの群れに飛び込む!
永久は叫んだ。
「待って! 花切さんを殺したのは……?」
「副議長に会え! それですべてわかる! 連絡先はその目玉の中だ! うおおおおおお!」
アンデッドワーカーがF.Fに群がり、我先にと肉体を貪り食った。F.Fのシャツが引きちぎられ、腕に刻まれた〝Fuck the Future〟という刺青が露わになった。二つのFの文字が大きく強調されている。
「うおおおお!」
F.Fは喚き声を上げながら手榴弾のテープを歯で食いちぎった。レバーが外れ、手の中で手榴弾が炸裂した。
ドォォン!!
アンデッドワーカーもろとも自爆!
永久の物思いはほんの数秒であった。踵を返し、走り出す。地下鉄廃駅の入り口まで来たとき、見張りに立っていたヤクザがアサルトライフルを掲げた。
永久は手を上げた。
「待って……」
タタタン!
すぐ後ろで腐った血肉を撒き散らし、彼女を追ってきたアンデッドワーカーが倒れた。
タタタタ! タタタタ!
ヤクザと終末カルト教徒たちが発砲し、他のアンデッドワーカーを寄せ付けまいとする中、ヤクザの一人が手招きした。
「入れ。急げ!」
ヤクザの若手が永久に手を貸し、中に導き入れた。
廃駅のホームには大勢の住人が残っていた。永久はフォートの無免許医が作った即席の診療所に担ぎ込まれ、手当てを受けた。
奇妙な光景であった。常日頃からフォートの縄張り争いに鎬を削る主義主張の異なる無法者たちが協力し合い、住人を助けているのだ。
永久は焦燥し切った様子でホームにたたずんでいる人たちを見、医者に聞いた。
「何でみんな逃げないの?」
「廃線の向こうからもゾンビが押し寄せとる。ヤクザとカルト教徒が頑張ってるが、いつまで持つやら」
永久は真上を見上げた。
(血盟会が新手を投入したんだわ。爆弾が爆発したらここの人たちもみんな死ぬ!)
* * *
檜垣善十は遠くで爆発音を聞き、はっとして顔を上げた。
もう一つの爆弾が爆発したのではないかと一瞬思ったが、そんなわけはなかった。爆発するのなら自分の目の前にあるものと同時のはずだ。それは永久が投げた手榴弾の音だったのだが、彼が知るよしもない。
胃カメラめいた探査スコープを繋いだスマートフォンの画面に眼を戻すと、起爆装置のコードを切り、あるいはパーツを外して行く。彼の額にじっとりと浮いた汗が顎へと滑り落ちた。
この工業区南の爆弾は地下鉄廃線の真上にある。起爆を阻止できれば、多くのフォート住民を救えるだろう。
「連中の思い通りにはさせんぞ……」
この爆弾がよく出来ていることは確かだが、熟練の職人である善十は端々に作り手の未熟を見て取っていた。
(一方で天才的な構造だと思えば、その一方で驚くほど稚拙な仕組みになっている。これを作った奴はまるで自分の腕を扱い切れておれんような……)
爆発まで二十分を切った。解体もいよいよ最終段階というとき、善十はふっと真上に影がかかったことに気付いた。
ニワトリ男か死神姿の女が戻ってきたのか? 振り返った瞬間、頭上から降って来た鋭い虫脚が地面に突き刺さった!
ガガガガッ!
「うお!?」
善十は驚いてその場から飛び退いた。
真後ろにいたのはムカデめいて異様に胴長の体をした人影で、十六対の鋭い虫の脚が脇腹にずらりと並んでいた。
ビシャモンは奇妙に首を傾げた格好で善十を見下ろした。首が折れているにも関わらず生きているのだ。驚異的な生命力!
「あァ! 当たらねえ! 首が曲がってるってのァ不便だなァ、狙いが定まらねえや」
善十は更に床を這うようにして後ずさった。
「お前?! しっ、死んだはずだろ……!?」
「ヘヘヘ! 奥歯の毒薬を噛んだと思ったろ? 噛んだフリしただけなんだよなァ。似蟲家得意の死んだふりさァ! まーんまとひっかかりやがってさァ。で、お前に聞きたいんだけどよォ、あのニワトリ野郎はァどこだァア!?」
「クソがァ……」
善十は紅殻町フォートと同じく老朽化した足腰に鞭打って走り出した。ビシャモンはフラフラと上半身を振りながら追って来る。
「クソッ、傾いてて見にくいんだよォ! チョロチョロすんなァ!」
* * *
ドリーム橋田、屋上。
「地下鉄路線へのアンデッドワーカー投入完了しました」
「ご苦労」
背広姿の男がスマートフォンでやり取りをしている。背の高い、髪を肩まで伸ばした美丈夫だ。上着には血盟会正式メンバーであることを示す銀色のバッヂ。
「インフェルノも疵女も殺られちまうとはなあ」
男はスマートフォンをしまうと、閉じた扇子で手の平をピシャリと叩き、振り返った。そこに現れた男に微笑んで頭を下げる。
「鞍馬家の九楼。滅却課の課長だ」
塔屋の前に立ったブロイラーマンは、吠えるように名乗り返した。
「血羽家のブロイラーマン! ウオオオオオオオオオオオ!」
火を吐くような叫び声とともにブロイラーマンは挑みかかり、九楼もそれに応じた。至近距離で両者は機関銃じみた打撃と防御を交わす。
一手! ブロイラーマンのジャブを九楼が手でいなす!
二手! 九楼がいなした手から放った肘打ちをブロイラーマンが腕でブロック!
三手! ブロイラーマンのボディブローを九楼が膝でブロック!
四手、五手、六手、七手!
ドドドドドドド……!!
八手、九手、十手、十一手!
十二手目で九楼がブロイラーマンの防御を突破し、つま先で腹を蹴り上げた!
ドゴォ!
「がっ……」
続けざまに九楼は同じ足で逆回し蹴り!
ドゴォオ!
ブロイラーマンは錐揉み回転しながら吹っ飛んだ。床を転がって距離を取った彼の横顔は、ざっくりと斬られている。
九楼は足を振って血を払った。数秒前で革靴に包まれていた靴は、いつの間にか猛禽めいた鋭い鉤爪が生えたものに変わっている。
「フゥーム」
九楼はブロイラーマンの顔を見つめながら、扇子で自分のこめかみをトントンと叩いた。そう、扇子を持っている。彼はあの目まぐるしい攻防の中、扇子を持たない左手しか使っていなかったのだ。
「冗談のような名前に冗談のようなツラのお前がここまでやるとはな」
「汚染霧雨を降らせている血族はどこにいる!」
「俺に勝て。話はそれからだ」
ブロイラーマンはネオンライトめいた赤い軌跡を残して急接近する! これに対して九楼は腕組みしたままフラミンゴじみて片足を上げ、足一本で応じた。
ブロイラーマンのパンチを易々と足でいなし、眼にも留まらぬ速度の蹴りを放つ!
ドドドッ!!
ほとんど一撃にしか見えなかったその蹴りはその実ブロイラーマンの側頭部、脇腹、膝の三ヶ所に命中している!
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