12.昴の休日 ロストハート(4/5)
4/5
「この愚かな血族に祝福をお与え下さ……ア?」
バクン!!
綴はぎょっとして自分の右足を見た。踏みつけていた骨の右腕がサメの顎の骨格じみた形状に変形し、足に食らい付いている。
リップショットは目を細めて笑い、チッチッと舌を鳴らして指を振った。
「足元注意」
リップショットの右腕は遠隔操作できるのだ。彼女は不利を装って綴に右足を踏ませたのである!
ジャラン!
リップショットの右腕の付け根から背骨状に連結した骨のチェーンが伸び、サメの顎と繋がった。リップショットは鎖を巻き戻し、勢い良く綴を自分のほうへ引き寄せた。
「た、盾……」
綴は能力を行使しようとした。だがリップショットのほうが速い! リップショットはすれ違いざまに骨の刀を振るった。
「ヤーッ!」
ドッ!
一刀のもとに綴の頭を切断!
本体の死と同時に呪力が途切れ、氷が砕け散ってリップショットの足は解放された。
同時に映画館のドアに張り付いていた封印も解けたが、ほとんどの来場客はすでにリップショットが作った穴から逃げ出していた。放心して逃げ遅れていた数人もようやく我に返り、あたふたと出て行く。
梅と明頭の姿はどこにも見えない。無事逃げ切ったようだ。
リップショットはほっとし、警察が来る前に姿を消した。
* * *
「あなたもよくよくトラブルに好かれるわねぇ」
電話の向こうで永久は呆れたように言った。
昴は吊子去モールの隣にある立体駐車場の上層にいる。スマートフォンで永久と話しながら、カルシウム入りウエハースをかじっている。聖骨家はカルシウムを摂取することで回復力が飛躍的に高まるのだ。
足元には綴のビジネスバッグが置かれている。中には神字家の呪文が書かれたノートが十冊ほど入っていた。血盟会の手がかりがあるかもと思って持ってきたのだが、無関係だったようだ。バッヂもない。
永久は吊子去モールの映画館にいて、他の警官たちと一緒に現場検証に当たっている。
「ところで私が買ってあげた服は着てる?」
こないだ二人で買い物に行ったときに永久がどっさり服を買ってくれたのだ。昴は礼を言った。
「ええ。ありがとう、永久さん。奢ってもらっちゃって」
「いいのよ、あの下着も着けてるかしら? ちょっとエッチなやつ」
「え、ええ……」
「ウフフ! 嬉しい」
永久は嬉しそうに笑い、仕事の話に戻った。
「爆弾が見つかったわよ。映画館の床に落ちてた。犯人のハンドメイドみたいね」
昴は首を傾げた。綴は自分の能力があるのになぜ爆弾を? その疑問はひとまず横に置き、言った。
「明頭きりに届けられた脅迫状は全部焼き捨ててって伝えてください。神字家の能力がかかってるかも知れないから。毎週同じ人物から届けられてたやつです、〝降板させないと爆殺する〟っていう内容の」
「わかった……ちょっと待って」
しばらく間を置いてから、永久がいぶかしげに聞き返した。
「明頭きりのマネージャーが〝何で脅迫状のことを知ってるのか〟って言ってるけど?」
「え? 有名な話じゃないんですか?」
「明頭が新作アニメに登板することが決まって以降、事務所にクレームがどっさり届くようになって、まあそれはよくあることなんだけど、決まって同じ内容のを送ってくる熱心なストーカーが一人いたって。〝明頭きりを降板させろ。さもなくば爆殺する。友情を理解できない者が関わるな〟って。そのことはマネージャーしか知らないそうよ」
「脅迫状の内容は他に誰も教えてない? 誰も?」
「ええ。警察にも届けてないし、明頭本人にも教えてない。よくあることみたいだから。あなたはどこで知ったの?」
昴は手で口を覆った。脅迫状の内容を知っているのはマネージャーと、それを送った張本人だけということになる。……まさか!?
「永久さん! そっちで見つかった爆弾ってもしかして、トートバッグに入ってませんでしたか!? 『ライオットボーイ』の」
「ええと、何か漫画の絵なら付いてるけど」
昴は早口に呟いた。
「梅ちゃんがチケットを盗んだのは私を巻き込まないため……梅ちゃんは明頭きりを爆弾で殺そうとして、だけどそこにあの血族が乱入してそれどころじゃなくなった……」
「何? どうしたの?」
「後で説明します! 明頭きりは今どこに?」
「病院に送ったはずよ。ちょっと待って……」
永久はいったん電話を切り、すぐに昴に折り返した。
「病院の住所をそっちに送るわ」
昴は送られてきた住所を確認すると、汚染霧雨の中を走り出した。屋上から隣の建物の屋上へと飛び移る!
(梅ちゃん!)
* * *
〝頭の中がエルでどんどん汚染されて、自分が壊れていく。ここ一年、エルなしでは眠ることも起きていることも出来なくて、いったん一つのことを考え始めるとそこから逃げられなくなって、何時間ものあいだぐるぐる、ぐるぐる同じことを考えてしまう〟
〝きりに私を裏切ったことを後悔させてやりたい。私をバカにした奴ら全部への怒りを背負わせて殺してやりたい。いつもいつも頭の中はそればかり〟
梅は日記のページをぱらぱらとめくった。自分が書いた日記だ。
天外市を二分する大きな川、奇子川沿いにある天外市鉄の無人駅。川に迫り出したホームの下では様々なゴミ、工業廃棄物、失業者の死体など都会のあらゆる老廃物を飲み込んだ黒い濁流が渦巻いている。
梅はホームのベンチに座り、日記帳を読み返している。明頭きりがいる総合病院はここからすぐだ。
〝中学三年になったとき、きりちゃんはハデな子たちのグループみたいな格好を始めた。私をいつも無視して、バカにしてた子たちみたいな格好。小学生のときからずっと一緒で、ライオットボーイのことを話したり絵を描いたりしてた友達だった〟
〝なのにきりちゃんは向こう側に行ってしまった。高校も別のところに行った。同じ高校に行こうねって約束して、私はそのために一生懸命勉強したのに〟
〝私は切り捨てられた。あれからずっと一人ぼっちで、学校にも行けなくなった。母親は私の顔を見るたびにバカしたような顔でため息をつく。悲しくて悲しくて、それから逃げようとしてエルばっかり飲んでたらいつの間にかやめられなくなってた〟
〝どんどん私の頭はおかしくなっていった。悲しいのが苛立ちになって、それがものすごい熱量の怒りに変わって、とにかく何かやり返してやらなきゃって気になって……〟
「梅ちゃん!! ……いっだ?!」
梅はその声に振り返った。ホームに駆け込んで来たのは昴で、水溜りで滑って転んでいた。
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ほんの5000兆円でいいんです。