12.昴の休日 ロストハート(3/5)

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3/5

* * *


 翌日、吊子去モール。イベント開催の数分前。

 防霧マスクを着けた昴はモールの前を行ったり来たりしていた。行き交う人波の中に梅を探すが見当たらなかった。

 おそらくもう映画館の中にいるのだろう。だが昴はそこへ行くことが出来ない。

 今朝、目を覚ますと梅の姿が消えていた。一言もなく先に出たらしい。

 不思議に思いながら身支度をしていた昴は、枕元に置いておいたトークイベントのチケットがないことに気付いた。ベッドサイドには二千円――チケット代と同じだけの金額が置かれていた。

 昴は困惑した。梅に裏切られたことよりも、その行動の不可解さにだ。梅は昴のチケットを持ち去り、その代金を置いて行った。自分のチケットを持っていたのに、いったいなぜ?

 チケットを換金するつもりなら金を置いていったことの説明がつかないし、そもそも財布から現金を抜けばいい話だ。

(鬱陶しかったかな、私)

 単に自分についてきて欲しくなかったというだけだろうか。昴は落ち込んだ。

 あのあとも梅とは『ライオットボーイ』について話した。キャラクターの色んなシチュエーションのことだ。あのキャラとこのキャラがあんな場所にいたら、あんな関係だったら、もし同級生だったら……

 そんなことを何時間も何時間も、飽きることなく話し続けた。気が付いたら明け方になっていて、そのくらい楽しかった。

 それなのに梅とは友達になれなかったのだと思うと、昴の胸の内は暗くなった。重いため息をつき、帰ろうとしたそのとき、モールの中から血相を変えた人々が駆け出してきた。

「警察は!?」

「まだ来てない!」

 大騒ぎになっている。昴が遠目にそれを見ていると、サイレンを鳴らしたパトカーがモールの駐車場に入ってきて、警官二人が降りた。

 モールから駆け出してきた人々がそちらに駆け寄り、口々に何かを訴えている。警官は彼らに落ち着くように言い聞かせた。

 もう一人の警官が無線で何か話している。昴は超人的聴力を研ぎ澄まし、その内容を聞き取った。

「えー、吊子去モール内の映画館で何者かが火を放っている模様。状況からB案件の可能性高し」

(B案件!)

 市警が使う血族犯罪の隠語だ。二人の警官は意味ありげに視線を交わし、人々に急かされてものらりくらりとかわすばかりでその場から動こうとしない。血族が相手ではどうにもならないことを知っているからだ。

 ビュオン!
 昴は走り出した。その姿は黒いゴス風スーツにフード、ドクロ柄のフェイスマスクで口元を覆った姿になっている。ドクロの右頬には真っ赤なキスマーク。

 人垣を避けて疾走するその姿は、人間の視力では黒い風にしか見えなかったことだろう。

 映画館の前には人垣が出来ていた。スタッフや警備員がドアを開けようとしているが、数人がかりでもびくともしない。内側からかすかに悲鳴とドアを必死に叩く音がする。

「どいて! 場所を開けて!」

 リップショットはドア前にいた人々を散らし、取っ手に手をかけた。ところが車のドアを引きちぎることすらできるリップショットの力でも開かない。何らかの超自然的な力で封印されている!

 リップショットは壁のほうに向かうと、右手を掲げた。その白骨の腕がカタカタと乾いた音を立て、骨のチェーンソーに組み替えられる。

 成り行きを見守っていた人々が「怪物?!」と小さく悲鳴を上げた。

 ブォン!
 サメの歯めいた刃がずらりと並んだチェーンが高速回転を始める。リップショットはチェーンソーを壁に突き立て、ぐるりとドア枠状にくり貫いた。切り抜いた部分を蹴倒し、中に入る。

 映画館内は地獄と化していた。松明めいて燃え上がりながら走り回る者、他人を押し倒し踏みつけて出入り口に殺到する者、文様の書かれたページが貼り付いた扉を開けようと必死で叩く者。あちこちに燃え尽きた炭クズが小さな山を作っている。

「ハハハハ! ハハハハ! 終末は! 今こそ! 来たれりィィイ!」

 舞台上で狂笑する男がいた。背広にレインコート、防霧マスク姿の男だ。

 リップショットは座席上を走り、その男に飛び蹴りを放つ!

「ヤーッ!」

 男はとっくにリップショットに気付いていた。ノートから一枚ページを破り取り、それを掲げて叫ぶ!

「盾!」

 ぱっとページが燃え上がり、青白く光るバリアめいた盾が男の目の前に生まれた。

 リップショットはそれによって蹴りを弾かれ、反動でバック宙しながら舞台上に着地する。シールドはすぐに掻き消えた。

 男はリップショットを指差した。

「字神《あざがみ》家の綴《つづり》! 貴様、血が入っているな」

 壇のすぐ下には頭明きりと梅が隠れていた。おびえた顔で様子をうかがっている。リップショットは二人に逃げるよう身振りで示し、名乗り返した。

「聖骨家のリップショット! 何が目的だ」

「目的だと! 偶像を崇拝し、堕落しきったこの人間《血無し》どもを見るがいい。私は終末の神より不信人者に神罰を下す役目を仰せつかったのだ!」

 ブロイラーマンなら「今からテメエの顔面に人生の終末をブチ込んでやるよ」などと返したところだが、リップショットは特に何も思い浮かばなかった。

「あー、あの、えーと! 穢れた血に魂を売った悪党め(いつものセリフしか思いつかないや)!」

 カタカタカタ……
 リップショットの右手首から骨の柄が飛び出した。それを左手で掴み、骨の刀を引き抜く。リップショットは片手打ちで斬りかかった。

「ヤーッ!」

 綴は破り取ったページを左手に握り込んで言った。

「刀!」

 たちまちページが刀に変化し、リップショットの斬撃を迎え撃った。空中で二つの刃がぶつかりすさまじい火花を上げる。すかさず繰り出されたリップショットの連撃を、綴は巧みな剣技で次々に捌く。

 双方、武器を片手で操りつつ逆の手は温存するかのように引いている。骨の手、ノートを持った手だ。斬り合いは牽制であり、決め手を繰り出す隙をうかがっているのだ。

 ザシュ!
 リップショットの鋭い突きが綴の肩を浅く切り裂いた。綴がバランスを崩した瞬間、リップショットは右手でサブマシンガンを抜いた。
 バラララララララ!!

「盾!」

 ギギギギギギン!
 綴は再びページから盾を作り出してそれを防いだ。

 リップショットは弾切れになった銃を捨てて踏み込み、綴の盾が消えた瞬間を狙って骨の刀を一閃しようとした……だがその瞬間、綴りが叫んだ!

「氷!」

 パキッ!
 右足が動かない! リップショットは驚いて床を見下ろし、自分が一枚のページを踏みつけていることに気付いた。いつの間にか綴が仕掛けていたのだ。ページから噴き上がった氷柱が右足を膝まで覆っている。

(しまった!)

 防霧マスクを脱ぎ捨て、青白い素顔を晒した綴はニヤリとした。チッチッと舌を鳴らして人差し指を振って見せる。

「足元注意」

 綴が捨てた刀あhページに戻り、燃え尽き消えた。ノートから別のページをちぎり、「鎌」と呟くと、長い柄の先に三日月状の刃が着いた大鎌に変わった。身動きが取れないリップショットにそれを振るう!

「ハハハハ! ハハハハハハ! 人間《血無し》に味方する不信心者め! 終末の神に慈悲を乞え!」

 リップショットは自分の刀と骨の右腕で必死に防ぐが、こちらの刀は相手に届かない上に足を取られている。防戦一方となった。

 右腕をボーガンに変えて苦し紛れに矢を放つが、綴はそれを容易く叩き落した。

 足にまとわりついている氷は分厚く強固で、相手の攻撃をやり過ごしながら破壊している時間はない。

(日与くんならパンチでぶっ壊せるんだろうけど!)

 リップショットは全身を浅く斬り裂かれ、徐々にダメージが蓄積して行く。

 綴が振り下ろした一撃を骨の右腕で防いだ瞬間、相手は鎌にその腕を引っかけて強く引いた。
 ザクッ!

「ああああ!」

 リップショットは悲鳴を上げてうずくまった。肘から切断された骨の右腕が宙を舞い、離れた場所に落ちた。リップショットは必死の形相でそちらに念じた。

「戻れ……戻れ……!」

 骨の腕は指で床を這い、持ち主の元へ戻ろうとした。綴がそちらに走って骨の腕を靴底で踏みにじった。

「ハァーッ! ハァーッ! おお、終末の神よ!」

 彼は狂おしい信仰心にうめくとノートからページを数枚まとめてちぎり取り、構えた。大学生を焼き殺したのと同じ、炎のページである。いかなる血族でもこれをまとめて食らえば数秒で燃えカスとなるだろう!


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