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8.龍伐湾の怪物(4/5)

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4/5

* * *


 三隻の船が牙貫漁港を出た。

 刀蔵の鯨撃船と、あの夜たまたま造船場に預けられていて難を逃れた漁船二隻である。

 鯨撃船には刀蔵、昴、日与が、他の二隻には組合長と彼の呼びかけに応じたベテランの漁師が乗っている。

 素人同然の日与たちが同行を許されたのは、刀蔵の強い推薦があったからだ。刀蔵はあの晩に多喜を助けた二人に恩義を感じているらしい。

 三隻は海岸線沿いに進み、浅瀬の岩礁地帯に入った。水深は二~三メートルほどで、海中の暗礁が障害物になっている。ここへ誘い込めば呑龍の巨体では自由に動けない。刀蔵が鯨鬼漁師の父親から受け継いだ知恵である。

 刀蔵は操舵室から身を乗り出し、日与に声をかけた。

「おう、銛の準備しとけ!」

「あいよ」

 日与は甲板の鯨撃砲に銛をセットし、ケーブルを繋いだ。ドラムに巻かれた長いケーブルのもう一端は砲座の隣にある電気ショック用の大容量バッテリーと繋がっている。

 強引な改造を繰り返した鯨撃砲の見てくれは悪いが、それなりに頼もしい姿であった。

 昴が不安げに言った。

「呑龍が都合良くこっちに来るかなあ」

「理由は知らんがあいつは船を狙ってた。俺ら自身が餌ってわけよ。必ず食いついてくる」

 刀蔵は防霧マスクをずらして合法麻薬《エル》の覚醒ドリンクを飲みながら言った。その言葉には強い確信が込められている。

 準備が終わった後は待つしかない。昴は船べりに立って水平線を眺めた。髪を一つに編み上げてタオルを巻き、他の漁師と同じ防水ツナギ姿だ。

「浮かれてるな」

 日与に声をかけられ、昴は満面の笑みを返した。

「血なんか授からなければ良かったって思うときもあるけど、人間のままならこんな経験もできなかったわけでしょ? 運命って面白いよね」

「まあな。俺だってそうでもなきゃ、フォート経営者のご令嬢なんて姿も拝めなかった」

 昴はふと言った。

「ところで、日与くんってお兄さんに話したの? その……日与くんが血族になったこと」

「いや。でも隠し通す気はない。バレたらバレただ」

「知られちゃってもいいの?」

「中身は変わってないってわかるさ。あいつならな」

「そっか……仲いいんだね」

 昴は羨ましそうに言った。

 昴は流渡が流渡のままでいて欲しいと思う一方、心のどこかで流渡が完全に怪物になっていて欲しいとも思っている。後者なら父親を殺したことも仕方ないと諦められるし、躊躇することなく復讐できる。

 だが流渡が人間性を残していて、自らの意思で昴の父親を殺したとするなら……いや、そもそも人間性とは何なのか?

(私はリューちゃんにどうなっていて欲しいんだろう……)

「来るぞォ!」

 物思いは刀蔵の叫び声で断ち切られた。彼は通信機を手に操舵室から身を乗り出した。

「七造んとこの船のソナーにデケえ影が映ってるとよ! ヤツだ!」

 ドーン!
 重い音が響き渡り、三人の視線の先で一隻の漁船が大きく傾いた。漁師の一人が甲板から海へと投げ出される。

 たちまち水飛沫とともに呑龍が海中から飛び出して漁船に巻きつき、船上に残った漁師もろとも海へと引きずり込んだ。

「出やがった!」

 多少浮き足立ったものの、歴戦の漁師たちはすぐさま体勢を立て直した。彼らは異態海獣の発破漁用ダイナマイトに火をつけ、海中に投じた。

 ドォォ――――ン! ドォォ――――ン!
 海中で爆発し、水柱がいくつも上がる!

 呑龍は身悶えし、激しく体をくねらせながら岩礁地帯へと追い込まれた。ダイナマイトの衝撃波に感覚器官をかき乱され、本能的にその発生源から逃れようとしているのだ。これは鯨鬼の漁法である。

 呑龍は岩礁に動きを遮られ、狭苦しそうに巨体をのたうたせている。刀蔵は鯨撃砲に飛びつき、グリップを握り込んだ。照準越しに呑龍に睨み、狙いを付ける。

「食らいやがれ!」

 そのとき、岩礁に身を乗り上げた呑龍が激しく身をくねらせ、尻尾を真上から振り下ろした。鯨撃船はそれをまともに食らった。

 ゴシャアア!
 操舵室が潰れて船体が大きくひしゃげ、鯨撃船は水中に叩き込まれた。

 三人は海中に投げ出された。救命胴衣を着けていた刀蔵が真っ先に浮き上がり、昴と日与がそれに続く。二人は刀蔵の襟首を掴み、近くにいる組合長の漁船へと必死に泳いだ。

 呑龍は幸いにも岩礁に阻まれてこちらを追えずにいる。

 三人は組合長とほか二人の漁師に引き上げられた。刀蔵は彼らの手を振り払い、船べりに張り付いた。

「クソッ! 鯨龍砲が!」

「もうムリだ! 逃げたほうがいい!」

 組合長に刀蔵は首を振った。

「バカ言うんじゃねえ」

 刀蔵は救命胴衣を脱ぎ捨て、水中を指差した。手が届くほど近くに没した刀蔵の船と龍撃砲が見える。

「見えるだろ! 俺があそこまで潜って水中からヤツを撃つ!」

「正気かおめえ?! 足が動かねえんだろ!」

「泳ぐ必要はねえ。あそこまで沈むだけだ」

「よしんば呑龍に銛を当てたとしてもだ、電気を流すんだぞ! おめえまで感電して死んじまうぞ!」

 組合長は噛んで含むように言った。

「ここは引き下がるんだ、刀蔵! 死ぬわけにはいかねえだろ!」

「……!」

 刀蔵は内側に秘めた何かに引き止められるように歯を食い縛った。

 そこに昴が割り込んだ。

「私が刀蔵さんと一緒に潜ります」

 その場の全員が昴の方を向いた。昴は真剣な目を彼らに返した。

 組合長が戸惑って言った。

「電撃はどうするんだ」

「何とかします」

 刀蔵は昴の決意を察し、頭を下げた。

「……何か考えがあるんだな。よし、わかった! 頼む!」

 刀蔵に肩を貸して船べりを跨ごうとする昴に、日与が叫んだ。

「待て、すば……姉ちゃん!」

「あのね! あなたは私を守られるだけのお姫様か何かだと思ってるみたいだけど……」

 怒って振り返った昴に、日与はダイナマイトを見せた。

「呑龍を鯨撃砲から遠ざけとく。数がねえから一度だけだぞ」

 昴はきょとんとした顔をしたあと、力強く笑った。

「わかった!」

 日与と漁師たちはダイナマイトに着火して火をつけ、岩礁の隙間に身をねじ込むようにしてこちらにやってきた呑龍の鼻先にダイナマイトを投げ込んだ。

 ドォォ――ン!!
 呑龍は衝撃波を浴びると鼻先を巡らせ、苦しげに身を翻した。

 その隙に昴と刀蔵は再び海中に身を投じた。刀蔵の船はすぐそばにあり、泳ぐ必要はほとんどない。リップショットの姿になった昴は刀蔵を鯨撃砲の砲座につかせた。

 刀蔵は鯨撃砲にしがみつき、再び狙いをつけた。海底の砂が舞い上がり視界はほとんどなかったが、漁師の勘は呑龍が再び襲ってくるタイミングを見切っていた!

「ゴボボボ!」

 水中で叫び声を発し、刀蔵は引き金を引いた。

 バシュン! ガキン!
 発射された大型の銛は鱗を貫き、こちらに迫ろうとしていた呑龍の首元に突き刺さった!

 リップショットは自分の白骨の右腕を付け根から取り外し、それを鯨撃砲の電撃発生レバーに握らせた。酸欠寸前の刀蔵を左腕で抱えて海面へ浮かび上がる。

 猛り狂った呑龍が再びこちらへ向かってきた。岩礁を砕き、リップショットたち二人に大きく口を開けて丸呑みにせんと襲いかかる!

 だがそのとき、昴は海上に雄鶏頭の姿を見た!


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