20.再戦の時(2/3)
2/3
「ウオオオオラアアア!」
だがブロイラーマンはすかさず自らの体も回転させ、相殺した!
「何!?」
驚愕する九楼!
お互いに密着したまま、両者は狂った車輪と化した。床から壁をゴロゴロと駆け上がり、天井を横切り、部屋中を縦横無尽に転げ回る。
九楼の回転速度が上回ればブロイラーマンは腕をねじ切られてしまう。だが以前自分の右腕を奪ったこの技を、九楼は必ず使って来るとブロイラーマンは踏んでいた。
両者の回転速度が更に上がる。そして徐々にブロイラーマンの速度が勝り始めた。稲日と上がったあの石階段を何度も転げ落ちるという過酷な修行に身を投じ、対抗策を練ってきたのだ。
「うおおおお!?」
右腕を掴んでいる九楼の手が緩んだ。それを振り解いた瞬間、ブロイラーマンは相手を両足で蹴飛ばし、技を脱した。空中で猫のようにくるりと反転すると、天井を蹴り、隙だらけの九楼に飛びかかった。その右腕は大きく後ろに引いている。
対物《アンチマテリアル》ストレートパンチ!
「オオオオオラアアアアアアアアアアア!!」
ドゴォオオ!
渾身の一撃は九楼の胴体に突き刺さり、床へと叩きつけた。大きく体をくの字に折った九楼は痙攣し、目を飛び出さんばかりに剥いた。
「ゲエッ……クッソ……!」
九楼はぐったりと力を抜いた。
日与は肩で息をしながら拳を引いた。瓦割りパンチの姿勢を取り、狙いを九楼の額に付ける。
九楼は苦しげに喘ぎながらも興味深げな表情を作った。ブロイラーマンを久々に再会した古い知り合いのように見ている。
「久しぶりだな。九百年ぶりか」
その瞬間、ブロイラーマンの脳に揺さぶられるような感覚が走った。見たことのない光景、見たことのない人々の顔がどっと脳裏に溢れ出した。それははるか遠い昔の光景だった。鎧を着けた武者たち。刀、弓。戦船。戦塵立ち込める荒野。燃え盛る家。
どこか山奥の寺に山伏姿の青年がいた。九楼だ。今よりずっと若い。九楼はこちらを覗き込みながら面白そうに言った。
(((お前か、源家の最後の希望ってのは)))
「血の記憶……!」
ブロイラーマンは頭を抱えて小さく呟いた。血は記憶している。それは代々の血羽の家系をさかのぼった記憶だった。
ガシャアアア!
その時、ガラス壁をぶち破って四つの人影が社長室に飛び込んできた。
一人は艶のあるラバー素材で出来た黒い背広の男で、同じくSMじみたラバーマスクを被っている。頭部で唯一露出しているのは口周りのみで、唇がなく、歯茎が剥き出しになっていた。
「ドーモドーモ。蜜衣《みつぎぬ》家の梔子《くちなし》です」
二人目は黄金の髪をした聖母めいた容姿の美女だ。頭にねじくれたヤギの角が生えて入る。彼女は微笑を浮かべた。
「闇撫家のスケープゴートです」
三人目は筋肉の塊じみた巨漢だ。黒い羽毛に青黒の鶏冠を持つ血羽家の血族。
「血羽家のアンチェイン」
最後の一人はグレーのロングコートを着込み、ポケットに手を突っ込んだ背広の男。目深に被ったフードの中には暗闇しかなく、赤い瞳の目だけが浮かんでいる。ノコギリのようにギザギザの歯を持つ口が開かれ、名乗った。
「凶鳥家のヒッチコック」
全員が銀のバッヂを着けており、ただならぬ殺気を漂わせている。特に最後に名乗ったヒッチコックが桁違いの存在であることをブロイラーマンはすぐに察した。こいつは正真正銘に強い!
ブロイラーマンは己の内側で血が猛るのを感じた。戦え、殺せと血が騒ぐ。だがそれを身に付けた「理」によって押さえつけた。全員相手では勝ち目は無い。
「血羽家のブロイラーマン。名乗った直後で悪いな!」
ブロイラーマンは言うや否や身を翻し、社長室から飛び出した。
その瞬間、ブロイラーマンを追って大量の黒い小鳥が鳴き声を上げながら殺到した。
ピチチチチチ!
ドドドドドドド!!
小鳥の群れがドア枠と壁を削り取って大きく広げる。ブロイラーマンは廊下を走り抜けた。突き当たりのオフィスに入り、ガラス壁に突っ込む!
「オラア!」
ガシャアア!
ガラス壁を拳で破って虚空へと身を躍らせた。追ってきた鳥たちが彼をかすめ、ウンカの群れのごとく空中へと躍り出た。
ブロイラーマンは隣のビルの屋上に着地した。さらに隣のビルに飛び移ろうとしたブロイラーマンの前に、背から天使めいた純白の羽を生やしてふわりと降り立った女がいた。スケープゴートだ。その白目が黒く、黒目が真っ赤に変わった。
「鳳上会長の命により死んでもらいますわ!」
スケープゴートの手から光の槍が生まれた。汚染霧雨を蒸発させ煙を上げるそれをブロイラーマンに向かって突き出す!
「イヤーッ!」
ブロイラーマンはそれをスライディングでかわし、スケープゴートのすぐ隣をすり抜けた。スケープゴートが振り返りざまに槍を振るう! 立ち上がったブロイラーマンは大きく仰け反ってかわす!
ブロイラーマンは体を戻す勢いを利用してストレートを放った。
ドゴム!
拳がスケープゴートの天使のように美しい顔にめり込む。
スケープゴートは数歩後ずさりした。手から落ちた槍が蒸発して消滅する。だがその顔面の穴はすぐに肉が盛り上がってふさがり、元通りとなった。微笑を浮かべている。
ブロイラーマンは眼を見張った。
(闇撫家のダメージ譲渡能力か! だがどこのどいつに明け渡したんだ?)
「ウフフ!」
スケープゴートは再び手の中に槍を作り出した。
ドドォン!
遅れてビルから飛び降りたアンチェインがクレーターを作って着地した。梔子がそれに続く。
正面にはスケープゴート、後ろにはアンチェインと梔子。
空中では黒い小鳥の群れが旋回し、ビルの窓辺でヒッチコックが様子をうかがっている。小鳥は凶鳥家の能力か。
スケープゴートが手の中で槍をくるりと回転させ、微笑んだ。
「たかだかニワトリ一羽が血盟会をよくもここまで追い込んだものですわ。下等な家系の分際で」
アンチェインが豪快に笑った。
「グハハハ! そりゃねえだろ、スケープちゃんよぉ。俺も同じ血羽だぜ!」
「ブロイラーマンさん。知っての通り、九楼殿はあなたを殺すのに二度も失敗しましたからねぇ! お役御免なのですよ」
梔子がやけに陽気な口調でブロイラーマンに言った。
「あなたを殺した人が次の会長の片腕というわけです。我々も張り切っているわけですよ! 給料がどのくらい上がるか楽しみですねぇ!」
「そりゃ無意味だな」
「ほう。なぜ?」
「この場にいる全員も、鳳上赫も、俺が殺すからだ」
ブロイラーマンはビルから下の車道に飛び降りた。
「オラアアア!」
ドガシャア!
落下そのままにマンホールを足で叩き割り、下水道に飛び込む。追った小鳥が周囲の車ごとアスファルトをチーズのように削り取ったが、ブロイラーマンには届かなかった。
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