【小説】進学

 月に向かうエレベーターの中は静かだった。静かすぎて自分が猛スピードで故郷から遠ざかっているということを忘れてしまいそうになる。窓の外から下を見下ろすと、そこには自分の故郷の惑星の鮮やかな青が広がっている。水平線は次第に丸みを帯びてきており、私は今まで球面の上に住んでいたのだと再確認する。そこには地図帳でしか形を確認したことがなかった大陸が浮かんでいた。大陸の夜の部分には、地上の人々の暮らしが暖かな光となっていた。その光のひとつひとつに顔も知らない人達の物語があると思うと星空よりもずっと綺麗に見えた。私は自分の故郷のことを何も知らずにこの星を後にすることをふと名残り惜しく思った。

 一度月の重力に体が順応してしまえば、地球の重力下での生活は難しくなる。学びたい大学が月にあるというのは地球での暮らしを手放す理由として十分だったか。私はそれだけ価値があることを月で学べるのだろうか。そんなことを考えると、自分がしてしまった決断の大きさで胸が苦しくなった。

 そのときアナウンスがエレベーターの減速を告げた。私はシートに深く座り直し、シートベルトで厳重に自分の体を締め付けた。しばらくすると体が少しずつ軽くなっていくを感じた。重さが0になる瞬間、私は確かに泣いていた。しかし重さの無い涙はこぼれ落ちることができず表面張力で眼球に張り付き、私の視界をぐしゃぐしゃに歪ませていた。

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