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まだやっているのか、と言われる唐揚げ屋の経営者のルーティン

 私は真面目だ。日経新聞は朝刊・夕刊ともにきちんと目を通しているし、区の掲示板も、今日は何か新しいイベントの告知が貼ってないかな、と上下左右見回し、勢い余って、隣の電柱に貼ってある「高給!男性求む!淑女が待ってます!」という二色刷りのポスターなんかも、貼った人は、きっとパワハラ上司に怒鳴られたから、こんな挙に出たんだろうな、と慮りながら、後日の為にピントを合わせてきちんと撮ったりする。

 30から40代の頃は、私の愛読書は『日経ビジネス』と『men’s egg』だった。ハーバード大の教授が、教養を得るには、自分の好き嫌いに関係なく多様なものに接しなければならない、と書いていたのを読み、時間がない私は、そっか、なら両極端の雑誌を読めば、平均して丁度いい教養になるはずだ、と考え、コンビニの雑誌コーナーの右端と左端に置いてある雑誌を読むようにしたのが理由である。両者の影響から、スーツにウルフカットという出で立ちのITコンサルタントが爆誕したのも、今思えば、自然な流れだったと言えよう。

 こんな、なかなかお目にかかれないほど真面目で、日々、情報摂取に余念がない私だが、当然、インプットばかりでなく、アウトプットもする。というか、したくなる。人類の英知が我が頭の中でまぜこぜになり、発酵し、腐敗し、メタンガスに引火したかのごとく、閃くのだ。お店の二階で、ビッグバンの爆風に吹かれた気になり、俺って、アルキメデスかも、と法悦に浸るのである。だいたい、三日に一回の頻度だろうか。

 もっとも、ギリシャの学者アルキメデスは銭湯で原理を発見した時、「ユリーカ(わかったぞ)」と叫んで全裸で家に帰ったというが、一階のスタッフに「こんな凄いこと、思いついたぞ!」と教えに行ってあげるのに、そんなちょっとの距離をわざわざ全裸になるのは面倒だな、と思う私である。すると、「守破離だろ!一歩抜きんでたいなら、外見から入れ!」とせっかく憑依してくれたアルキメデスに怒られた気がしてきて、誰の了解を得ることも無く上げた自己肯定感を、誰かに晒すことも無く自己アカバンするのである。

 気を取り直して、こんないいアイデア、思いついたんだよ、と階下に胸を張って降りていく。行ってみると、スタッフは暇で仕方がない様子であるのがルーティンだ。お、これは、我が閃きをとうとうと述べるのに最適な状態だ、とほくそ笑む一方で、これはこれで、店舗経営者として由々しき事態だよな、と眉間にしわを寄せ、笑ったり悲しんだり忙しい一瞬を味わうのもルーティンである。

 「ねえねえ、凄いこと思いついたんだよ。」と話しかける。聞くしか方途がない相手は、脳から愛想と困惑と怪訝の三信号を同時に受けとった表情筋がどうにかして三者を平等に扱ったかのような顔をし、私を見る。今や、王蟲の群れにプロトンビームを発しようとする巨神兵の如く、口を開こうとする私であるが、ここで必ず鳴るのである、リロローン、リロローン、とウーバーの注文発生の音が。私は振り返り、タブレットをタップして、受付完了にする。振り戻ると、伝道師の弟子がいない。見回すと、かがんで冷蔵庫から肉を出していたりする。さらに、「今の注文で唐揚げ足りないんで、揚げますから…。」と、からの後にどんな文言が続くべきか、最適解を考えよ、と大学入学共通テストのようなことを言ってくる。

 時宜がまだ私を必要としていないのか、と二階に戻るのもルーティン。

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