勇者大戦 地獄の毒々ゾンビ勇者編 第7話

「おいやめろっ」

「やめっ」

 怒声の主は星さんと源さんだったようです。
 4人の男たちに源さんが暴行されています。源さんの言っていた”ホームレス狩り”とはこの事だったのでしょうか?
 あ、止めに入った星さんも殴られました。
 他のホームレス達はテントの中から様子を伺うだけで助けに入ろうとはしません。自分たちにその暴力が向かうのが嫌なのでしょう。大多数の方が高齢の方や栄養状態の悪い方なのでまあ、分からなくはありません。

「…………(笑)」

「………………(笑笑)」

 殴っている方は口元をわずかにゆがめるような笑みを浮かべるだけで無言で二人を殴っています。
 よく物語中の悪党は「あははたっのしー」だの「目障りなんだよゴミが」とか「汚ねーんだよ消えろ」など三下特有のセリフを言いながら弱者をいたぶるのが定番ですが、実際は違うのです。

 私もグラム王国時代は強者(とは言っても私から見て相対的にであってそれほど地位は高くない)のおもちゃになっていましたが、彼らは無言で虐待をするのです。
 なぜなら彼らにとって弱者蹂躙は楽しいレクリエーションではなく、快楽を得るためにしているのですから。
 自慰行為の最中に朗らかに笑ったり歓談したりしないでしょう?そういう方もいるのかもしれませんがまあ、少ないと思います。つまりはそういう事です。

 おっと、いろいろ物思いにふけっている場合ではありませんでした。
 どうしますか……。

「おやめなさい」

 私は止めに入ることにしました。
 私ははっきり言って他人がどうなっても構わない主義のアンデッドではありますがそれは死ぬまでの人生で他者が敵意のみを向けてきたからです。
 源さんは初めて私に憐れみを向けてきてくれた人です。
 それが自己満足的な目的のためであっても恩には恩で報いなければなりません。
 そうでなくては私の主義に反します。

 もちろん自分の命が危うい場合はその範囲ではありませんがアンデッドの肉体と魔術でどうにかなるでしょう。もう死んでますし。

「ああっ?なんだてめえ」

 4人の中の一人が首を斜めにしながらねめつける様に振り向きます。そんなに傾げて痛くないのでしょうか?
 なにか肩に金属の棒のような物を担いでいます。
 先が太くて握りの部分が細い、魔族と戦った時に鬼族が持っていた棍棒のとげがない版といいますか。(後で金属バットというのだと知りました)

「私もここの住人です。早く寝床で休みたいので騒がしい方はお帰りいただきたいのですが」

「ふーん。ホームレスなんだ」

「じゃ、いいや。やっちゃおうよ」

「そうだな」

 無事に私の肉体を害する事を決めたようです。
 私は改めてこのホームレス狩りの四人を観察します。

 かなり年若い少年達の様です。十代後半といったところでしょうか?
 まあ、この国の人たちはグラム王国の人間より小柄なのでもう少し年が行っているかもしれませんが分かりません。

 背はこの国の基準で高いのが二人、中肉中背が一人、ちっこいのが一人。

「おらっ!!」

 背が高く金属バットを担いでいた一人がその獲物で殴りかかってきました。

「おい、そんなんで殴ったら死んじまう。お前らだって殺人犯にはなりたくねえだろ」

「ふん。お前らみたいなのが死んだってまともに捜査されないよ。それに少年法」

 源さんが思いとどまらせようと声をかけます。しかしちっこい少年がそれを即座に否定します。
 なにか法的に罰せられない根拠があるらしいですな。まあ、スラムの人間を殺してもその程度の話でしょう。

「いぐぼぼぼぼぉっ!!」

 私の顔面に金属バットがクリーンヒットしました。
 顔にしていたマスクが吹き飛び、ついでに舌と頬骨とその上の表情筋が飛び散りました。
 生ける屍(リビングデッド)状態のためかあまり痛みを感じないのが救いですな。

「な、なんだこいつ気持ちわりっ」

 露わになった私の顔をみて少年が叫びます。元から腐っていますからね。

「奇康さん。あんた」

「ひっ」

 源さん達にも引かれたのはちょっとショックです。

「みんな手伝ってくれ」

「お、おう」

 おっと、このままではせっかくのジャージを汚してしまいます。
 私は上着を脱ぎ捨てました。

 その直後、今私を殴った一人と残りの三人も同時に殴りかかってきます。
 どうやら全員がなにかの武器を持っていたようで、一人がメリケンサックを嵌め(私の時代にも拳闘士が使っていました)、もうひとりがなにか伸縮性の警棒のようなものを伸ばし、もうひとりはなにか小さい箱のようなものを持っています。

 肩口に当たった金属バットが甲状腺を剥ぎ取り、腹にめり込んだ拳が脾臓を破裂させ、警棒が防御するために上げた左腕の腕橈骨筋を潰します。
 そして何か箱のようなものを押し付けられるとバチッという音と共に肉が焼ける匂いがしました。

 辺りには私の内臓や肉片が飛び散ってひどい惨状です。

「こいつ、この状態で生きてるのかよ」

 ま、死んでいますがね。いや、アンデッド(不死者)なんで死んでいないとも言えます。

「ゔゔぁぁぁぁぁ」

 私は半壊した体で両手を前に出しながらよたよたと歩きます。

「ひっ。気持ち悪っ」

 何にしてもこのまま殴られ続けたら体がバラバラになってしまいますね。

 とりあえず反撃することにしますか。

「必殺、爆裂抜き手」

 私は腕を水平突き出し右端の背の高い少年に向けると、この数日でわずかに貯める事ができた魔力で自分の右肘の関節に爆裂魔法を使いました。

 ドゴンという音とともに吹き飛んだ前腕がバビューンと勢いよく飛ぶと、狙った彼の胸に突き刺さります。そのまま心臓をぶち抜くと爪の先から死霊魔法で作成した毒液をどくどくと流し込みます。

「北沢っ」

「お、おいっ」

「このやろっ」

 金属バットの少年が私に殴りかかり、もう二人は北沢と呼ばれた少年に駆け寄ります。

 ビュルルっルルルルル!!

 私は死霊魔法の応用で自分の小腸と大腸をコントロールすると触手の様に伸ばして金属バットを絡め取ります。

「ひっ、こ、この」

 少年は触手を剥ぎ取ろうと引っ張りますが、それは余計に絡まりバットから先、手の先から胴体まで拘束していきます。

「ふふふふっふふふふふふ」

 私は両腕を大きく広げると触手で彼を引き寄せます。そして彼は顔面から私の胴体に激突します。
 さらに慈父の様に少年を掻き抱き、その首筋に噛みつきました。

 ブシッ!!

 盛大に血が吹き出し、私の歯茎から染み出した毒液が彼の血管の中に侵入します。
 それと同時に私は生命力を吸収して魔力に変換しました。

 生命力の魔力への変換。これは死霊魔術師が最初に使えるようになる秘技でございます。
 代々死霊魔術師はこの能力を秘匿してきました。よほどの事がなければ使用致しませんし、もし使わなければならない場合もばれないようにごく僅かです。
 なにせこれを使えば大量の人間を生贄にして大魔術を使えるからで、当時の人類側で殲滅対象になってしまうからです。
 しかし、まあ、魔術の廃れた現代では気づく人もおりますまい。
 もちろん大規模にやれば、この国の治安維持組織に目をつけられそうではあります。

 使用、用法にはお気をつけを。

 「あ、ああ、あ、あああああああ」

 ドサリと少年は私の足元に崩れ落ち、痙攣します。
「鈴木っ」

 残る二人のうち一人が足元の少年に近づきます。

 私はそのタイミングで死霊魔法、”屍食”を使います。
 鈴木と呼ばれた少年は毒液を触媒に一瞬で死亡、屍食鬼(グール)と成り果てました。

「GAAAAAAAAAAAAA!!」

「お、おいっ!!どうしたんだっ!!ぎゃああああああっ」

 鈴木くんは駆け寄った少年の首に思い切り噛みつきました。
 そして頸動脈から盛大に血をすすります。

 程なくして出血多量で死亡するでしょう。

「安田っ。うそだろっ」

 倒れた北沢くんを介抱していた最後の一人が噛まれた少年の方をみて呆然とします。

 よそ見をしていて良いのですかね?

「UGAAAAAAAAAAAA!!」

 彼の腕の中にいた北沢くんが突然起き上がると白目を剥いて噛みつきました。

「えっ?」

 何が起こったのか分からないまま最後の少年は首の半分ぐらいを食い千切られて絶命しました。

 ふむ。グラム王国の一般時でももっと複雑な手順を踏まなければ屍食鬼にはできなかったんですがやはり魔力抵抗力が無いと一発で成功しますな。

 ついでに今死んだ二人も屍食鬼にしておきます。

「き、奇康さん。こ、殺したのか」

「ひいっ」

 おっと、源さんと星さんに一部始終を目撃されていたのでした。間髪入れず”催眠”の魔法を使用します。
 源さんの瞳が虚ろな少し茫洋とした感じになります。

「いえいえ、平和的に話し合って帰ってもらえる事になりました。そうですね、皆さん?」

「ハイー・ハンセイシテマース。ゴメンナサーイ」
「サーイ」

「ゴメーン」

「サイー」


 これで源さんや野次馬のホームレス達は、多少手荒な事をしたが殺すことなく少年たちを撃退したことに「違和感を覚えなく」なりました。
 なんども申し上げたように私の催眠魔術の腕ではココまでです。自意識を書き換えて意ののままに操ることはできません。
 しかし”屍食鬼”にした人間は別です。私の意のままに操れる人形です。
 ですので彼らに返事をさせることができました。 

「そ、そうか、助けてくれてありがとな。あんた強いんだな」

「まあ、昔取った杵柄で」
 
 一応、魔王殺しの勇者ですしおすし。

「彼らと話がありますので少し外しますね」

「ああ、もうこんな事をしないように言い聞かせてくれ」

「心配しなくても二度とここに来ることはありませんよ」

 私は少年たちを連れてホームレスのテント村から離れました。

 私の肉体からシュウシュウと音を立てて飛び散ったはずの肉片が再生していきます。
 師匠によって術式を変えられて「生ける屍」にさせられていたのだと思いこんでいたのですが、この回復具合は儀式を中断させられているだけのようですね。
 二五〇〇年もたてば骨の一部しか残っていなかったでしょうしそういうことなのでしょう。
 やはり、私を蘇らせた彼女に接触してどうにか儀式の続きをしてもらわねば。
 
 ま、今は後始末です。
 高架橋とよばれる橋(なのですか?)の下で少年たちを並べます。

「北沢、鈴木、安田と最後の一人は田村ですか。」

「「「「……」」」」

「このままではアンデッドと言うことがモロバレですね。”屍体修復”」

 私は死体を修復する死霊魔術を使用すると少年たちの姿を生前と同じに戻しました。

「さてと、彼らの記憶を探りますか」

 魔力の経路(パス)を辿って彼らの脳髄にアクセスします。

「建築作業員、フリーター、学生に、私立御藍綬学園理事の息子。本人も学生?ほぉーー」

 私が蘇らせられた場所では無いですか。これは都合がいい。
 なるほど、北沢君の父親は学園の経営だけでなくこの辺の名士つまり貴族、いや、大商人といったところですか。他に会社や不動産と言うのを持っていると。
 彼がリーダーで他の三人に金をやって手下の様に使っていたと。

 ま、グラム王国のスラムで人間狩りをしていた連中も貴族のボンボンでしたな。

 おっと、彼らが持っている常識というのも流れ込んできました。これでこの時代の人と遜色ない行動ができそうです。善哉、善哉。

 この四人は家に返して生前の行動をトレースしてもらいましょうか。いや、下手に警察に目をつけられても困りますのでちょっといい子になってもらいます。その方が私にも都合が良いですし。
 ただ屍食鬼は定期的に生肉への渇望があるので、それをどうするか……。ああ、スーパーと言うので買えばよいのですね。なるほど。
 しかし、生肉のみを買っていく少年と言うのも目立つのでどこか遠くの肉屋で買って……ああ、鈴木くんと安田くんは一人暮らしなのですね。そこで保管すればよいでしょう。

 北沢くんはお父さんに紹介願えませんかね?私も「就職活動」というのをやってみようと思うのですよ。

 
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「あ、奇康さん。大丈夫だったのか?」

 ホームレス村に戻ると源さんが出迎えてくれました。

「ええ、話してみれば案外、聞き分けのいい子たちでしたよ」

「そ、そうなのか?」

「ああ、奇康さん。助かったよありがとう」

 星さんもテントから出てきてねぎらってくれます。

「いえいえ、お二人にはお世話になっていますからね。当然です。それにしてもこの国は治安が良いと聞いていたのですが。彼らのような方がいるのですね」

「俺たちは住所も持たない人間だしなぁ。そもそもここも不法居住しているし、空き缶集めも厳密にいやあ窃盗だからな。見逃してもらってはいるが。よほどの事がないと警察に関わり合いになりたくねえんだ」

 源さんが陰鬱に言います。

「なるほど」

「耐えかねて通報した奴もいたが、しょっぴかれてどこか連れてかれちまった。流石に殺人までになればマッポも動くと思うんだけどな。犠牲になる方はたまったもんじゃねえ」

 北沢くんは親戚に国会議員というのもいる有力者の息子ですものね。いろいろもみ消されていたということですか。流石に一般市民に手を出せばどうしようも無いでしょうがホームレスなら訴える身内もわからないというわけですか。ずる賢いですね彼。
 まあ、そのせいで短い生を終える事になってしまいました。

 今は一応、人間と見分けのつかない「哲学的ゾンビ」というやつになっているはずです。

「まあ、もう心配いりません。これ、コンビニという所で買ってきたお弁当です。お二人の分がありますから、よかったらお召し上がりください」

「おおっ豪勢だな。どうしたんだ?」

「彼らがお詫びにおごってくれたのです。ささ、慰謝料代わりなので遠慮せずどうぞ」

 実際は”カツアゲ”というやつですかな?いや、もう操り人形同然なんで彼らのお金は私の財産でもあるのか?

「そ、そうか俺たちだけ悪いな。ただ、今度からあまり他のホームレスの目につかないとこで渡してくれ。妬まれちまう」
 
 星さんが杞憂します。

「そうですか。それは失礼しました」

 他のホームレスの記憶は消しておきましょうか。今の魔力なら短時間の分なら可能な気がします。

「いや、変なこと言って悪かった。ほんとに感謝してるんだぜ」

「ああ、ありがとうな」

「いえいえ。気にしていませんよ」

 私は表情筋が腐りかけているのでぎこちなく笑いました。


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