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エンドレスゲーム


 連城三喜彦の『飾り火』(新潮文庫)を読んだ。

 山下達郎の『エンドレスゲーム』をたまたまYouTubeで聞いた時、この切ない世界観を表現させたテレビドラマはなんというドラマだと調べてみると、昔々、紺野美沙子がテレビドラマで悪女役をすると話題になっていたあのドラマと思い当たった。篠ひろ子、林隆三、TMNetwork の宇都宮隆が出ていた『誘惑』の主題歌だった。私もOL時代だったろうか、観たことがある。当世風に言えばダブル不倫の話だ。

 そして、その原作が、『飾り火』だ。不倫だけじゃない仕掛けを連城氏が綿密に仕込んでいて夢中という蟻地獄に引きずり込まれる名作だと思う。

 風景描写、心理描写がリリックな文体で美しく描きあげられている。なんて美しい描写だろう、言葉のマジシャン、綺麗だ、綺麗だと唸りながら読んだ。心理描写の中に編み込まれていく比喩や暗喩がとても巧みだと思う。

 そして、連城氏がミステリーが出発だっただけあって、どんどん引き込まれるストーリー展開は見事だ。


 関心があって読みたくなる人がいるといけないので、以下ネタバレ・・・。



――――――――――
 

 家庭を壊されそうになったヒロインが、夫の愛人への反撃に出るところで私の胸は高鳴った。やれやれ!もっとやれ!とばかりに。

 騙されて、若い男に紙屑のように捨てられて、夫は若い女に奪われて、あげくに夫は自殺した。廃人になった別の家庭の妻の姿もしっかり描いてあって、ヒロインはそうならないと自分の意志で戦う。

 しかし、読後感は苦かった。愛人の女が全て仕組んで、ヒロインが若い男に誘惑され夫を奪われることになったのかと思いきや、仕掛けたのはヒロインの夫だったとわかったあの瞬間の薄気味の悪いような虚脱感。
 

 その夫の心理の複雑さ。もう若くない40代半ばの男のしがらみを断ち切りたいという願い。新しい人生を手に入れたいという欲求の吐け口としての愛人であり、愛欲に狂ったわけでもない。苦いが、家庭という牢獄から出たかった心理は納得だった。

 50前という微妙な年齢は、まだ、やり直しや過去との決別がぎりぎり間に合う年齢なのかもしれない。それを思った時、父として夫として家庭に責任を持ち、大会社で出世して人生を終えることが最高であるかのような価値観が支配的であった昭和の時代を生きた、男性である作者だから思いついたどんでん返しかなと感じながら読み進めた。

 稀代の悪女に魅せられた生贄の中年男かと思わせておいて、本当の黒幕は女に誘惑されたはずの男だったとわかった途端に、女は小悪党で、実はか弱い、愛に飢えた若い娘だったと哀れにさえなるという仕掛け。

 しかし、終わりがよくない。結局は男は、妻の掌の上のあがきだった。23年間はなんだったのか確かめたかったとか、妻を浮気の相手の中に探していたとか。作者は、このヒロインを崇めすぎじゃないか。自分の強さに気づかず家庭という深層に籠ってきたヒロインが、さなぎを脱ぎ捨て、鉄の鎧に着替える様子は圧巻だったし、そして、愛してくれた若い男も、23年間連れ添った夫を捨てたという結末は痛快だったのだが……。

 家庭を壊すために、偽りの愛を囁いて誘惑してきた若い男は43歳のヒロインに本気になり、夫は本当は妻を心の底では必要としていたというくだりでは、夫の馬鹿さ加減が強調されてしまったと思った。
 しかも、夫の愛人が本当に奪いたかったのは、夫じゃなくて、ヒロインのゆるぎない幸福の姿だった。そして、息子の恋人があがいて勝ち取ろうと戦っていたのは、ヒロインの息子の愛情ではなく、母親から奪い取りたかったという複雑な心境。どこをとってもヒロイン賛歌で、ヒロインを崇めすぎじゃないかと思った。

 もっと、冷徹に妻を捨て、新しい人生に生きたいと渇望する夫と、しがみついてきたものが価値がなくなったことに気づいて、夫に三行半を突きつける妻のリアルで良かった気がするが、しかし、読後感は、リアリティーを表現したのではなく、愛のミステリーを表現したのだろうし、これって大人のファンタジーなんだなと思えたので、結局は受け入れるなと感じた。

 しかし、それでも、上下巻で800ページくらいあっても、1日で夢中で読んじゃえるくらいには、仕掛けに嵌ってしまう。ストーリーに引き込まれるし、文体の美しさを楽しめる。ミステリー好き、かつ、抒情文体の好きな人にはお勧めの一冊。
 連城三喜彦と言えば直木賞をとった恋文が有名だが、映画をみてから原作を読んだという覚えがある。
 日本文学読むのは久々だった。20年くらいロシア語しか読まない、ロシア語からの翻訳文学しか読まなかったので、久々に純粋に読書を楽しんだ。

 連城三喜彦さんがもう新作を書いてくれないのかと思うと寂しい。天国から凄いストーリーを届けてほしい。


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