友よ、旅先で妊娠すな
友人のつぼみん(仮名)は旅行好きだ。
航空会社のポイントを貯めるために、修行のように全国各地をハードスケジュールで飛び回っていた時期もある。
ポイントでホテルを予約してくれたり、航空券を手早く手配してくれたりと、一緒に旅行する際は本当に頼りになる。
平成から令和に変わるゴールデンウィークの10連休を利用して、つぼみんとわたしはドイツ旅行に行った。
ドイツに到着し、地下鉄なども駆使しながら移動する。
つぼみんは碧眼のイケメンが大好きだ。
すれ違うたくさんのドイツ人。
「わたし、全員と付き合える〜!」
旅先に来てテンションが上がっていることと、日本語が通じないという特殊な環境により、心の声が漏れすぎている。
「すれ違う全員誰でもいい〜!」
駅で大声で話すつぼみん。
入国早々、交際宣言。
わたしたちが楽しみにしていたのは、スプリングフェストという大型イベント。
本場のドイツビールの他に、ソーセージやプレッツェル、可愛い雑貨などの屋台なども多く出ていた。
つぼみんが目を輝かせたのはアイシングクッキーの屋台だ。
ハート型の超特大クッキーは、色付きのお砂糖か何かで可愛くペイントされている。
細かい花柄などのイラストがあしらわれ、真ん中におしゃれなドイツ語が書かれている。
つぼみんはたくさんある種類の中から気に入ったデザインのクッキーを1枚選んで買った。
嬉しそうにクッキーを眺め、何枚も写真を撮るつぼみん。
こういうタイプのクッキーは、食べるよりも飾ったり眺めたりと、鑑賞用としてもしっかりと楽しみたいものだ。
わたしがお手洗いに席を外し、戻って来ると、クッキーはもうなかった。
秒で食い切ってた。
しばらくしてあることに気づいたつぼみんは、気の抜けた表情でわたしに言う。
「さっきのクッキー、プリンセスって書いてた」
ドイツ語で書いてあったのでピンと来なかったが、完食した後にふと気になって、写真を見返して書かれた言葉の意味を調べてみたらしい。
唖然、羞恥、苦渋、憂悶の表情で、つぼみんは呟く。
「プリンセス…」
即喰いしたのはプリンセスクッキー。
つぼみんは、姫になった。
わたし達はドイツ国内を特急列車で移動した。
日本で言うところの東京-大阪間を新幹線で移動するようなものだろうか。
つぼみんが手際良くチケットを手配してくれた。
大きいスーツケースを持って列車に乗り込んだ。
座席上方には荷物が置ける棚が設けられているが、わたし達の荷物は20kgほどあり、とてもじゃないが持ち上げられない。
仕方ないと、座席の足元にスーツケースをみっちりと詰め込む。
足の置き場がないので、正座か体育座りで3時間耐えるしかない。
すると、ジェントルメンがすっと手を差し伸べてくれた。
何も言わずに重いスーツケースを上の棚に格納してくれた。
「結婚してほしい〜」
あまりの感動につぼみんは泣き出した。
この旅でつぼみんは、どうせ誰も日本語分からないからと、心の内を全部声に出している。
つぼみん、ちょっと待て。
前の席の人たちが読んでるガイドブックは日本語だ。
脇目も振らず涙の求婚。
ホフブロイハウスという有名なビアホールに行った。
ドイツ語で乾杯はプロストという。
1ℓの大ジョッキで「プロースト!」と乾杯してご機嫌なわたし達。
つぼみんは少し離れた席で一人でビールを飲む碧眼イケメンを見逃さなかった。
「今、目が合った。わたしのこと見てくれた。もう結婚しよかな〜」
そして、遠くからではあるが、一方的プロストで想いを伝える。
チラチラと何度も見ていると、彼の左手薬指に光る指輪が目に入った。
「ひどい!他に女がいたなんて!」
彼は既婚者だった。
彼からの裏切りにより、破談。
旅先でのグルメには妥協したくない。
1日3食と決めたのは誰だ。
これは努力次第で増やせる。
名物料理、ここでしか食べられないもの、別腹スイーツ。
美味しいグルメを堪能し続け、さすがに胃袋が限界だ。
お腹をさすりながら、首を傾げるつぼみん。
「アレ? わたし妊娠してんのかな?」
そのいかにもマタニティみたいなお腹のさすり方やめてくれ。
きっとキリストでも妊娠したのだろう。
旅先で即日妊娠3ヶ月。
ウォルト・ディズニー氏、彼女の半生を一本の映画にしてくれませんか。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
さて、次回の #クセスゴエッセイ は
「待合室にローテーション入り」
をお届けします
お楽しみに〜
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?