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ワーストベストアルバム

アイダホ支店(仮名)の皆さんへ

皆さんがこれを読んでいるということは、わたしはもうアイダホ支店にいないということですね。



この書き出し、使ってみたかっただけです。
アイダホ支店を去ってからこれを書いています。








この春、わたしはアイダホ支店から別の部署へ転勤となった。

アイダホ支店は代々業績が伸びにくい支店で、歴代の職員は苦労してきた。
ニューヨーク支店(仮名)やシリコンバレー支店(仮名)のように業績が伸びれば、やりがいも感じられるのだが。

そんな苦しい環境下ではあるが、営業課のメンバーは粒揃い。
みんな素直で優秀で、いいチームだ。

このメンバーなら一生アイダホ支店でもいい、と思えるほどだった。





転勤が決まってすぐに、営業課メンバーが、わたし久瀬クセ(仮名)の送別会を開いてくれた。
翌日の仕事を気にせず飲める華金。
浴びるように飲もうと決めていた。



乾杯直後の一口目。
「はぁぁぁ〜〜!た〜すかった〜〜!!

クゥーでもプハーでもない。
わたしの恒例の一言だ。

これのせいで、内輪では「飲みに行く」ことを「助かる」と言うのが共通言語となってしまった。

サラッとわたしのためにキュウリを注文してくれる池目イケメくん(仮名)。
「いやぁ久瀬クセさん、今日こそはもう危ないんちゃうかなと思ってましたよ」
臨場感のある合いの手を入れてくれる。

砂漠の中でオアシスを見つけたかのようにメガジョッキを愛でるわたし。
「いやぁ〜、危なかった〜!助かった〜〜!!」

盛り上げ上手な池々イケイケくん(仮名)。
「これがないと飲み会は始まりません。久瀬さんの助かった〜!は、大人の放課後のチャイムですから」
率先して拍手を煽ってくれる。



以前、お笑い芸人が一発屋に成り下がる予兆というのを聞いたことがある。
ギャグを披露して、笑いではなく拍手が起こるようになると、もう終わり。



いや、誰が一発屋や。

そもそも「助かった」はわたしの持ちギャグではない。



メガジョッキをおかわりし、次第に酔いも回ってくる。
しょうもない話をしながらみんなで食べる磯辺揚げは、世界一美味しい。

思い描いた通り、浴びるほどのビールを飲み、ヘベレケで帰路に着いた。





二日ふつかい】
お酒の飲み過ぎによって、翌朝に頭痛や吐き気などの症状が起こっている状態のこと。

ありがたいことに、わたしは年に一度ほどしか発症しないのだが、今回はさすがに認めざるを得ない。



そして、
二日ふつかい】
お酒の飲み過ぎによって、翌朝になってから自身の言動を反省する状態のこと。

わたしの場合、二日酔いよりもこちらの方が発症頻度が高く、症状も重篤だ。

しょうもない話ばかりしすぎたせいで、みんなが帰るのが遅くなってしまったのではないか。
楽しかった記憶を覆い尽くすような懸念材料に、我が身を省みる。





週明け月曜日朝の職場。
「課長ごちそうさまでした」「楽しかったですね」「無事に帰れた?」
営業課のデスクでは先週の宴の余韻が漂う。

「久瀬さん、金曜日のこと覚えてます?」
後輩のコピンちゃん(仮名)が話しかけてきた。

10歳も年下の彼女にこんな心配をさせてしまうなんて、情けない。

久瀬「ごめんね。しょうもない話ばっかりしてもて」

コピン「いえいえ、楽しかったんで。中でも一番しょうもなかったのは、さがわの話です」



さがわの話?



さがわという言葉の響きを頼りにして、薄い記憶の奥底から捻り出す。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜


あれは確か、わたしが2杯目を飲み干し、3杯目のメガを頼むかどうか迷っていた時だ。

池々イケイケくんがそそのかす。
「久瀬さん、もう1杯いっちゃいましょうよ!明日朝早い用事があるとかじゃなければ、いいじゃないですか。土日何か用事あるんですか?」

ほろ酔いをとうに通り過ぎたわたしは、土日の自身の予定など把握していない。
覚束ない手つきでバッグからスマホを取り出し、スケジュールを確認した。



久瀬「あ、ちょっと待って!アカン! 明日、男が来る!

一同「ええぇっ?!!」



これまで飲み会の場で、若手職員たちから「同棲始めました」「婚活がんばってます」「もうすぐ結婚式挙げます」など、フレッシュな話を聞くことはあった。

だが、30代半ば独身一人暮らしのわたしは、そういった話を披露することはない。

それが突如変な宣言をしたものだから、みんなが騒つく。
これまでの空気が一変、緊張感に包まれる。





明日、男が、来るねん!

佐川という男が





一瞬の沈黙の後、呆れ返ったように空気が緩む。



「えーっと。結構体格ガッチリした感じかな?」
課長が察してフォローしてくれる。

池目イケメ「ヤマトという男と鉢合わせたりして」

池々「でも今どき、佐川という女かもしれませんねー」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜





完全に思い出した。



それより気になるのは、素直でかわいいコピンちゃんが、この話題を切り出した際の枕詞まくらことば


中でも一番しょうもなかったのは〜




しょうもない話ばかりだったのが当然の事実とされている。


しょうもない話のベストアルバムを垂れ流していたのか、わたしは。


もう二日悔いどころじゃ済まない。


だが、こんなアイダホ支店の日常が愛おしい。








アイダホ支店の皆さんへ

皆さんとの素敵でしょうもない思い出を心のアルバムに刻んで、わたしは新天地でもがんばっていきます。

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