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ショッピングモール (6)

空がある限り (完)

別れた夫は羽振りが良かった。だがもともと多額の借金で作り上げた幻影だった。コロナの襲来と共に倒産。ついでに夫に女がいることも露呈。美香は離婚した。借金取りに追われる夫からは養育費すらもらえない。

こんなに簡単に人は貧困層に転げ落ちるのか。貧困シングル女性がバス停の椅子に座っていたところを殴り殺された事件。他人ごとではない。

絶対、今の生活から抜け出してみせる。幼児英語教室では失敗したけれど、今度は何があっても、自分から辞めますなんて言わない。

ある病院の裏庭で生活困窮者のための食品配布があると聞いて自転車を飛ばした。アルバイトの帰り、公園での無料弁当配布に並んだ。恥も外聞もない。アパートの家賃を払えなくなったら、ユリ共々ホームレスだ。

ユリ、あなたは『親ガチャ』で外れが出たのね。ごめんね。外れ親で……。貧乏暮らしさせて……。

「ママ―、塾の個人指導受けたーい。だって算数分かんないもん。このままだと中学で落ちこぼれになるから」「日曜日、一緒に説明会に行こう」「パパにお金はもらえるでしょう?」「まあね」

残りの貯金は100万円弱、あっという間にゼロになる……。ショッピングモールのコーナーで無料就職情報誌を集める。時間、場所、職種、体力的にやれるかどうか。使い捨てでない仕事が欲しい。いくつか面接を受けた。あの幼児英語教室の条件のほうがまだましだった。

あら?美香の手が止まる。ここにデイサービス施設が入ってるの?知らなかった……。『残業なし。無資格OK。介護福祉士資格取得お手伝いします。週3回以上。時給950円から。社員登用あり』

今までこの中をさんざん歩き回っていたのに、なぜ、気づかなかったのだろう。美香はサービスカウンターに駆け付ける。「ここにデイサービスの施設が入っているって聞いたんですが」「ねえ、あなた知ってる?」もう一人がフロアガイド地図を見ながら「これじゃない?シニアパレス・幸せ」「あ、それ、それ」「お客様、二階のゲームセンターの中にあります」

美香はフロアガイド地図をもらって二階へ。

いつもここから先には行かなかった。ゲームセンターの騒音と照明の乱舞が自分には場違いに感じたから。だから気づかなかったんだ……。

光と音の渦の中、どこにもそれらしい所は見えない。真っ赤なドレスの女の子に訊いた。「あの、介護サービス施設は」「そこでーす」指さしたのは美香のすぐ前の壁。そこには小さなドアが。絵本に出てくるような木製のドアに『シニアパレス・幸せ』と彫られている。ドアノブには『見学ご自由です』と書かれた木札が。ドアにはガラスがはめ込まれていて中が見える。

美香は吸い込まれるようにドアを開けた。花いっぱいの玄関が美香を迎えてくれた。

「食事や入浴、お遊びのサポート。リクレーションの企画や補助です」「いっしょうけんめいやります」「明日、履歴書をもってきてください」

結果は採用。半年経ったら社員登用の試験を受けられると説明を受けた。パートの時給は高くはないが、社会保険に入れてもらえる。全国展開の大手の通所介護事業所だから出来るのだろう。

絶対、正社員になる。絶対、資格も取る……。

朝、真っ青に晴れ上がった空のもと自転車を走らせる。北風が顔に痛い。今までとは違う姿のショッピングモールが美香を待っている。








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