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病室の会話

相部屋でいろいろな会話を仄かに耳にした。ほんの一言二言だけ話した人もあり、今もときどき電話をかける人もいる。
すべては病気の取り持つ縁。
今も心に残っている会話がある。

「長谷川さん、話しかけてくれてありがとう。嬉しかった。これ、見て。私、夜景のスケッチをしたの」
御向かいのベッドの女性が私のベッドに近づいて一枚の紙切れを見せてくれた。
鉛筆の走り書きで、『暗い空・ここにちかちか光がある。運が良ければ、ヘリコプターが見える』と説明が書いてあった。
「窓から見えるあそこのマンションに娘が住んでいるの。八時に時間を合わせて,スマホを向けて灯りを送りあうのよ」
彼女は暗い窓の外を指さした。

はす向かいから声が聞える。
今まで声をかけあったことのない女性だ。
「夫の介護をする人がいないのです。看護師さん」
「……」
「夫は私がいないと何もできない」
「……」
「何とか早く退院したいのです。私が倒れたら共倒れです。私が会社のこともやっているし」
「……」
「高額医療費の限度額はどうしたら」
「……」
それから先の声は聞こえなかった。


「明日は手術だ。最後の飯だ。沢山食えよ」
「ワー、美味しそうなメニューだね」
「変更も出来るぞ」
「お母さん、パスタ、頼んだら」と娘さんらしい人の声。
「とにかくいっぱい食えよ」
「お父さんは?」
「皆で、吉野家か山田うどんか王将に行く」
「王将って何の店だっけ」
「餃子だよ」
「私も食べたい」
「もう少しの辛抱だ。とにかく病院の出してくれたメニューから選んでいっぱい食えよ」
「おとうさん、悪いね」
「そんなこと、考えるな」

そんな会話をを耳にしたような気がする。
夢のなかだったのかも知れないが……。

                        終わり


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