見出し画像

最果ての島 短い夏がやってきた 

北の果て一人生きる 浜下福蔵 92歳   その2
NHKドキュメント ノベリゼーション(novelization)
 

 
最果ての島に、短い夏がやってきました。
花の咲く島といわれる礼文島
可憐な花が咲き誇ります。
大自然が躍動する夏は大好きな季節
 
「花の中に入って酒食らったら長生きするんべえ」
福蔵さん、この夏、92歳をむかえます。
「山とか浜とか見て、今まで頼ってきた、そういう身近な命の会話もできるように、大自然を作ってくれるんだよなあ、素晴らしいと思うよ」
 
 夏風に
 負けずに咲いた
 花の美しさ
 あの花の
 何という
 力強いものであった
 俺もあのようにして
 生きたい
 
夏の到来は、礼文島の漁師にとって新たな漁の始まりです。
海面に背骨のように並んでいるのは、長さ60メートルの養殖コンブの道具。
およそ半年のあいだ、海のなかで育てた養殖コンブの収穫。
夏から秋にかけて加工します。
作業小屋に運ばれたロープには三メートルほどに成長したコンブがびっしりついています。
一本のロープにくくられたコンブはおよそ千個。
福蔵さんは一つ一つナイフで切り落とす作業を担います。
夏のあいだに昼夜をとわず作業はつづきます。
この季節には全国から短期間働くアルバイトがやってきます。
福蔵さんにとってコンブ漁は、若者たちとの出会いの場でもあるのです。
 
アルバイトの一人、埼玉県出身の田中由紀子さん。
三年連続、コンブ漁を手伝いにきました。
「38歳の時に、このまま私は家と職場の往復だけでいいのかな、毎日普通でいることが幸せでもあるけど、なんとなく過ごす時間はもったいないと思いはじめました」
田中さんは北海道だけでなく、四国、九州など全国の生産地ではたらいてきました。生まれてからずうっと礼文島に住み続けている福蔵さんとは正反対の暮らしです。
 
「うらやましいと思いますね。ここで生きるんだっていう場所があって、大変なこと、悔しいこと、悲しかったこと、たくさんあると思うんですけど、でも、そこにいることはすごく幸せだったんだろうなあと思います。私は今はいろんなところに故郷がありますけど、それはそれでやっぱり幸せです」
 
今夜の献立はカマボコとサケの味噌焼き。
食事は簡単なものを自分でつくります。
一人で晩酌していると、
「お父さん」
アルバイトの田中さんです。
「なんだ」
「ちょっと寄ってみたよ、もうご飯たべてる?」
「オメエか」
「オメエよ」
アルバイトの田中さんです。二人の会食がはじまります。
「カンパイ」
「カンパイ」
「おいしい」
「オメエ、よく来たな、今年も」
「去年からくるつもりでいたよ」
 
福蔵さんは、自分とはまったく違う人生を送る、田中さんたちの生き方から刺激を受けたと言います。
「最初はね、なぜ女性たちが、仕事に出ていくのか不思議に思った。それで飲んで話をした、ところが飲んで話してると、おれの知らないことを知っていた、勉強しているから、それで、おれは感動したんだわ、だからこの人たちの生き方はいいと思う、みんな同じでいいなんて言えるわけがねえんだ」
 
さまざまなことを語り合う幸せなひととき。
ときには心持ち愚痴がこぼれます。
「おれがいちばん一人でいて何を思うかというと、自分一人でいて思うのは家庭だな、家庭のぬくもりがほしい」
福蔵さんには五十年連れ添った最愛の妻がいました。
海を見晴らす高台は二人の想い出の場所。
「ちょこちょこくるんだ、ここに、そこが家内が座っていたところ」
 
福蔵さんは、秋田から働きに来た鋭子さんと出会い、三十代で結婚。
喧嘩もほとんどしないおしどり夫婦でした。
2014年、鋭子さんが他界。
以来、妻の面影をしのびながら一人暮らしてきました。
「やっぱ、母さんといたときが一番いい幸せだったなあ、もう9年、10年もたつ、想い浮かぶよ」
 
 光る太陽 心の妻よ
 想い出させる若きころ
 二人で
 大漁を魚をとって喜んだ
 あの嬉しさが
 今もポカリと浮かぶ
 
「母さんとなあ、この沖で魚をとったんだよ、ああ、母さんとな、こんな雑草だって、天気がよくて暑く温度が上がればしなびてしまう、何者でも、生きているというのは大変なことなんだなあ」


 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?