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国境を超えた普遍の祈り、聖なる響き


他者を思う心育てる芸術の本懐  吉田純子
 
 3校が初出場。札幌市立札苗北の島唄が清冽だった。9人での夢舞台。奄美の風景を礎に丁寧に磨きあげてきたのであろう音響のイメージと、一人一人の高度な歌唱力が壮大な自然の叙事詩を編んだ。砺波市立出町、横浜市立大綱も素直な感興をほとばしらせ、一世一代のステ‐ジを輝かせた。

 3年連続で祭典の幕を開けた出雲市立斐卅西は、雪、雲、霧、みぞれといった水の多様な状態を繊細な子音の表情で描き、心地良い表現空間を整えた。郡山市立郡山七は冬のつめたさの多様なイメージを、武庫川女子大付属はまぶしく光を反射する雪の質感を、いずれも柔らかな子音で体感させた。

 仙台市立一は声だけのヴォカリーズから言葉がゆっくりと立ち上がってくるかのような不思議な感覚で酔わせた。宮崎大付はトライアングルの卜レモロと倍音をきれいに絡め、さわやかな余韻を残した。清泉女学院、八千代松陰、国府台女子学院の鮮烈に突き抜けるハーモニーには、音の粒が降りそそぐさまが目に見えるかのように。

 中原中也、寺山修司、竹久夢二、島崎藤村らの魂が宿る言葉に触発され、大阪市立都島、名古屋市立高針台、熊杢市立日吉がひたむきな名唱を聴かせた。伊勢崎市立三は「やじろべえ」などの言葉と存分に戯れながら三善晃の温かなヒューマニズムを導き出した。翻って同じ三善の「ゆめ」で、大阪市立文の里は戦場の砲弾のごとく、三善自身の反戦の心の象徴たる音の礫を容赦なくぶつけた。

 豊島岡女子学園のみずみずしい人間賛歌、愛媛大付の響きの透明度、名古屋市立滝ノ水の躍動感、さいたま市立宮原の意志の力、北斗市立上磯のキレの鮮やかさは、いずれも忘れ難い。伊勢市立五十鈴の、ドイツ語の「至福」という言葉を繰り返す時のはにかむような微笑みの表情も印象的だった。
小城市立三日月がバルトークとコダーイ無垢な野趣と戯れるさまに心が躍った。府中市立府中四はかけ声や手拍子も勇ましく、宮崎民謡の日向木挽節のリズムに心ゆくまではじけた。盛岡市立仙北の多様な命があふれる「涙」の表現の幅にも心が吸い寄せられた。

 郡山市立郡山一が歌った高田三郎の「海よ」で、自然の摂理を讃える三和音がいつしか中世の宗教曲さながらに透徹した響きを携え始め、心が震えた。誰も聴き映えを意識し、声を大きく張ったりしない。その志の高さが、時代も国境も超えた普遍の祈りへと連なる聖なる響きを導いた。他者を思う心を育てる、合唱という芸術の本懐を見た。 (編集委員・吉田純子)

 
 




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