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よみびとしらず #03 聖子 第六章 ため息

 聖子は動かした燭台を元の位置に戻し、しばらく畳の上に座ってじっとしていた。

 燭台の炎は残りわずか。
 室内には几帳が二台と文机が一台、きちんと床の板に側面を合わせて几帳面に置かれている。
 それらの落とす影が、風でゆらゆらと踊っている。
 部屋に付随する御簾はすべて上げられ風通しは良い。
 家の者はもう寝たのかもしれない。母屋の方へ注意を向けても何も聞こえてこない。
 やはりただ虫の声だけが方々から耳に入ってくる。

 聖子はなんとはなく、今の気分を歌に詠もうと決めた。
 文机に向かい、硯を手元に引き寄せ、墨をする。
 歌を詠むには十分な量の墨をすったら、筆を水で濡らして毛先から丁寧に墨にひたす。
 かすかな墨の香りが鼻をつく。
 右手に筆を持ち、硯の中でのの字を何度も描いて毛先の癖を取る。
 そうして左手に紙をしっかと持ち、そこに右手の筆でさらさらと文字を続けて置いてゆく。
 歌は、いい。
 聖子は書きながら思った。
 歌を詠むことで頭の中が整理される。
 口にしてみて改めて形になった自分の気持ちに驚いたりする。新たな発見がある。再確認することもある。
 言葉を繰る腕が徐々に軽くなってゆく。
 最初はさわり程度だった心の有り様も、数をこなすほどに明らかになってゆく。
 指南書にあるようなありきたりな歌ではつまらない。
 今、この場所、この自分でしか書くことのできない歌を詠みたいと思った。
 聖子は、少し書いては消し、更に書いてはつなぎを繰り返す。

 五つほど詠んだところで灯りを継ぎ足しに母屋へ向かった。
 もう消えそうな灯りを両手で大事そうに持ちながらゆく。
 暗闇の中、一番近い場所でしゅるしゅると衣擦れの音が響く。
 家の者をつかまえ灯りを足してもらったら、再びしゅるしゅると部屋へ戻って歌を詠む。
 聖子はこの夜、明け方までずっと歌を詠んで過ごした。
 どうせ眠れぬ夜ならば、何もしないよりは随分ましな時の刻み方であると、聖子は思った。


 翌日は、よく晴れた日だった。
 聖子は目の下に隈を作り、気だるい体をおして雅楽寮の門をくぐった。
 何の楽器の音も聞こえてこないところをみると、聖子が一番乗りのようであった。
 玄関に入ると、いつものがらんどうが出迎える。
 閑散とした玄関を突っ切ると廊下に出て、聖子は自分の教室に足を向ける。
 明子と犬千代が既に来ていれば、部屋に入ってまず一言かけられるはずであった。
 しかし今日は様子が違った。
 聖子が一歩教室に足を踏み入れると、奥の席に明子と犬千代がたむろしているのが目に入った。
 ところが何の挨拶も無いのである。
 二人とも、聖子に目を向けてはいるものの何も言わずにいる。
 予想できたことである。
 昨夜の満月とのやりとりは、いつもの面々に聞かれていたはずである。
 聖子は今や敵方と通じていた裏切り者であった。
 少なくとも、そう捉えられているはずである。
 聖子は二人から目をそむけながら短く「おはよう」と言うと、窓際の最前列の席に座った。
 荷解きをし、龍笛を取り出す。
 いつもの龍笛が、ただの木の棒に見える。
 聖子は構わず龍笛に口をつけ、朝の稽古を始めた。
 聖子の奏でる龍笛の音が、盛りを過ぎた夏の空に響き渡る。

「聖子はいるかな」
 そう言いながら教室に入って来たのは良成であった。
 ひとり龍笛を奏でていた聖子がその腕を止めた。
 奥の二人は顔を見合わせる。
「ちょっといいかな。二人もおいで」
 そう言うと良成は、聖子と奥に座っていた二人を引き連れて雅楽寮に設けてある自分の部屋へと向かった。
 部屋に着いてみると、既に陰陽寮の康親と八郎、それに玄庵が座していた。玄庵はわざわざ朝から都にのぼってきてくれたようである。
「おはようございます」
 聖子と明子、犬千代の三人が、座っている三名に挨拶をする。
「おはよう」
 三名はぎこちなさを隠すかのように、揃いも揃っていつもは作らない笑顔を向けて挨拶を返した。 
 皆、昨夜の件で浮足立っている。
 聖子は、早くこの一連の約束されたやり取りが終わらないものかと軽いため息をもらした。
 良成に座布団を進められ、聖子は適当な場所に胡坐をかいて座る。後ろの二人もそれにならう。
 続いて良成は丁寧に各々の前に白湯を出す。
 それでも軽く緊張していた聖子は、差し出された白湯に口をつけ喉を潤す。それを見て明子と犬千代も口を濡らす。
 不自然さをはらんだ空気が重々しく場の上にのしかかっている。
 しばらくの沈黙の後に口を開いたのは聖子の師匠である良成であった。
「早速だけれどね、聖子。昨夜の事を詳しく話してもらえないだろうか」
 やっとか、と聖子は思った。
 疲れた顔で笑顔を作り、良成に対し「なんなりと」と返した。
「では頼明の事だけれどね、いつから関係していたのかな」
 良成にためらいはない。
 変に濁されるよりはよっぽどいい。
 聖子は安堵し質問に答えた。
「ちょうど二月半前からでございます。頼明は変化へんげしており、名を満月と偽り私と関係を持っておりました。そうして頼明めと分かったのが昨夜でございます」
「なんと、まあ」
 用意してあった台詞を、聖子は一気に読み上げるように吐いた。
 面々の動揺は予想通りであった。
「頼明めと分かったのは何がきっかけだったのだね」
 玄庵がおそるおそる尋ねる。
「昨日、形代で頼明めの音を拾っておった時のこと、その口調が満月と似ておったのでございます」
「なるほど」
 一同がうなる。
「それは、さぞかし驚いただろうねえ」
「もう落ち着いたのかい」
「一晩では無理だろう」
「大変じゃったのう」
 大人三名と八郎が口々に聖子を案じてみせたが、明子と犬千代は違った。
「けれど聖子も聖子、わきが甘いのが悪いのです」
「私もそれに同意です。目をかけられておるからと調子に乗りすぎたのでございましょう。言わぬことではない」
 明子と犬千代のとげのある言葉は、聖子の恵まれた環境に嫉妬する日頃の二人の様子をうかがい知るものであった。
 先に案じてくれた四名の内心も、もしかするとこの二人のものと同じかもしれないと聖子は思った。
 何にせよ少し一人になりたい気分だと思い、聖子は誰にも分からぬ程度に軽くため息をもらすのであった。

 しかし話題は聖子から各々の夢へと変わった。
「皆さま、夢の方はどのようでございましょう」
 小休止をはさみ、改めて玄庵が皆の顔を見回しながら尋ねた。
「どのようも何もない。相変わらず都が転覆する夢を見ますよ」
 康親が凝った首をもみながら答える。
「夢について頼明が仕組んでいる事は明らかになったが、果たして我等はどうすべきかが問題ですねえ」
 良成がため息交じりに言う。
「あの、悪い夢だけでも獏殿に食べてもらう事はできませぬか。ここにいる面子のぶんだけでも食べてもらえれば大分動きやすくなるというもの」
 日頃、妖界とは縁のない明子の言である。
 それを聞いて、妖界と親交の深い玄庵が答える。
「確かに、一時しのぎではあるがそれはよい考え。早速、狸殿に文を書いてみましょう。暇であればすぐにでも返事がくるはずよ」
 そう言うと玄庵は、良成に書くものを借りるよう手振りで伝えた。
 道具を受け取り、玄庵はさらさらと手紙を書き始める。

「して頼明はいかがいたしましょう。夢から察するに、都を転覆せんとする野心は消えておらぬようでございますが。あと、その件について昨日語っておった相手も気になります」
 話題が他へ移り、いくぶんか気の晴れた聖子が玄庵に尋ねた。
 頼明と関係があったからといって発言を控えても良い事はないだろうとふんでの発言であった。
 最年長者である玄庵が、手紙を書いていた手を止め、聖子の言を受けて口を開く。
「そうだのう。やはり対決する以外に方法はないかと思う。相手は複数名いるとして、こちらも頭数を考えねばならん」
 両手に筆記用具を携えながら、玄庵はちぐはぐな皆の視線をまとめ上げるように面々を眺めまわした。
「今度は最初から妖界に助力を頼んだ方がよいかと思うがいかがか」
 頼明と二度にわたって干戈かんかを交えたことのある康親が問う。
「ではその件につても手紙に書いておきましょう」
 玄庵が休めていた筆を改めて墨にくぐらせ書き始める。
「頭数を揃えるならば、我等雅楽寮が力になれませぬか」
 それまで黙っていた良成が、おそるおそる口を開いた。
 皆の視線が良成に注がれる。
「しかし師匠、我等は陰陽道に通じておりませぬ」
 犬千代が慌てて制す。
「そういうわけでもない」
 犬千代を否定したのは陰陽寮の康親である。
「今は演奏会などを主とする雅楽寮じゃが、雅楽のはじまりは神への祈りとされている。使われる言葉は祝詞と言い、神に捧げる言葉とされた。長年奏でられてきた音が呪力を持つのは自然なこと。今でもその力は弱いながらも伝えられておる。それが証拠に、雅楽寮の周囲に植えられておる草木は、他に類を見ないほど生育が早く、咲く花や成る実もひときわ大きいと聞く」
「ああ、確かに雅楽寮前に植えられている木槿の花は他より大きいねえ」
 康親の説明を聞き、良成が合点する。
 他の面々は大きく頷く者が多い。
「我等の奏でる音に呪力が宿っておるとは」
 思わず手持ちの楽器に目をやるのは雅楽寮の生徒三名である。
「奏でるといえば、奏様のお体が気にかかります。それに妖界全体のことも」
 聖子のその言葉を受けて、皆が古狸からの手紙を思い起こした。
「狸殿の書によれば、妖界自体が消えかかっているとのことでございましたねえ」
 もっぱら奏のことを案じる良成が言う。
「人の見るものが大きく変わり、その思念の現れ方も変わったのが原因かと、そういう話でございましたね」
 陰陽寮の八郎が続く。
「人々の思念の在り方を戻さねば、妖界自体の存続が危ぶまれる。そういう事でございますね」
 八郎の言を上塗りするように聖子が重ねる。
「果たして弱りつつある妖界の方々に力を借りることが出来ますでしょうか」
 明子が問う。
「嫌でも力を出してもらわねばならぬやもしれぬ。年齢によるものは頼明にもあるとはいえ、それでも強敵には変わりないことだから」
 手元を休め、玄庵が言う。
「あとは妖界の返事待ちだ」
 そう言うと玄庵は口笛を吹いた。
 すると、どこからともなく烏が室内に舞い込んできた。
 烏は空中を二巡ほど旋回すると、羽音をたてて掲げられた玄庵の腕にとまった。
「ではよろしく頼みましたよ」
 烏の足に文を結ぶと、玄庵は懐から不思議の種を広げ烏の口に運ぶ。
 それをついばむと烏は一声鳴き飛び去っていった。


 闇の中に無数の光が見える。
 河原が近いため、せせらぎの音が聞こえる。
 山頂が近いため、その音はか細い。
 陽の光は大木に遮られ、辺りは一面しだが生い茂り、湿っている。
 はるか上空に目をやると、木漏れ日が夜の星々のようにきらめいている。
 暗闇になれた目で宙をにらむと、そこここに木霊が巣くっているのが分かる。
 しだの間にはつくつく法師。
 蝉の声は遥か上空でこだましている。
「『狐火(きつねび)』」
 声に反応して、暗闇に小さな炎が灯る。
 小さな炎は、胸元でそれを包む手のひらを照らしてみせる。
 炎は徐々に大きくなり、つられて手の主を全身まで照らしてみせる。
 頼明は狐火を手に、宙に半分あおむけになっている。

 どのくらいその姿勢で待っていただろうか。
 ぱきん、と近くで木の枝を踏む足音がした。
 頼明は音もなく立ち上がると、狐火をそちらにかざす。
 途端にがさがさと草を踏み分ける音がする。
 狐火が照らす範囲は一間ほど、その間に躍り出たのはひとつの丸い坊主頭であった。
「やあやあ、遅れて申し訳ない」
 坊主頭の主は狐火が照らす頼明の顔を眩し気に見上げて笑顔を見せた。
 下からの光を受け、頼明の表情は闇の中である。
「すぐに戻らねばならん。簡潔に頼む。首尾はいかがかな」
 坊主頭は頭いっぱいに汗をかいているところに首元から手ぬぐいをまわし一息に言う。
 頼明はその様子をどう感じたのか、間をおいて口を開いた。
「首尾は上々。夢は都を覆い、妖界は消えつつある。そちらの出番ももうすぐよ」
 言って頼明は黙る。
「そうか、それはよかった」
 坊主頭は暗闇にぎこちない笑顔を向ける。
 頼明の表情が読めない限り声から察するしかないが、どうやら頼明が上機嫌でないのが分かると坊主頭は冷や汗を書き始めた。
「と、ところでおぬし、仕事が早いはいいが、何故おぬしが都にこだわる。甘い蜜を吸っておるのはおぬしも同じであろうに」
 それまで細く閉じていた目を開き、坊主頭は笑みを崩さぬまま頼明の暗い顔を凝視する。
 暗闇の中で頼明はくつくつと笑った。
「『初春』殿、すべては奴のためよ。儂は奴が嫌いでのお」
 ぞくり、と坊主頭の背を伝うものがあった。
「な、なぜそこまで嫌う」
 坊主頭は続ける。
「ほ、さあて、巡り合わせと言うほかないのう」
「そ、そのようか」
 何やら触れてはならぬものに触れた感じがして、坊主頭は身震いをした。
「では儂はもう行くでの、次もまた呼んでくれい」
 言うが早いか、坊主頭はそれだけ言うとさっさと元来た方へ戻って行った。
「ほ、ほ」
 後には狐火を片手にした頼明が残された。


 狸の返事は早かった。
「妖界消滅の危機にあり、しかして獏の力も弱まれり。お力になれず申し訳なく。一方の頼明討伐の件、承知。微力ながらお助け致す。狸」
 皆が食堂で昼餉をとり良成の自室へ戻り揃って一休みしているところへ、返信を携えた烏が戻ってきた。
 玄庵がその文を皆の前で詠んで聞かせると、方々から拍手があがった。
「夢についてはまだしばらく我慢の日が続きそうだねえ」
 腹いっぱい食べたばかりの良成が、その腹をさすりながら大儀そうに言う。
「難儀なことですねえ」
 聖子も腹をなでながら相槌をうつ。
「しかし頼明討伐に加勢していただけるとは。これで一安心でございますね」
 言いながら八郎は無邪気な笑顔をみせる。
「いや、妖界の力が弱っているとなると、そう安心も出来まい」
 康親が言うのを受けて、八郎から笑顔が消えた。
「まあ気を取り直して。しかし頼明をどうするかだ」
 玄庵の言葉に一同が静まり返る。
「妖界の力があるうちに何とか退治してしまいませぬと」
 心配性の明子が言う。
「我等も微力ながらお手伝いいたしますゆえ」
 犬千代が重ねて言う。
 若手がみな身を乗り出して我も我もといった時である。
「あと半月」
 頭上から声が降ってきた。
 皆が声につられて上を向く。
 見上げると暗い天井近くに渡してある大きな梁の上に、ひらひらとはためくものが見える。
 よく見るとそれは衣であった。
 はて、とよくよく見てみると、衣の主が続けるには。
「あと半月で出来るだけ力をつけるのじゃ」
 声の主は大きな嘴を皆に向けた。
「烏天狗殿」
 玄庵と康親が同時に声にした。
「おう。元気そうで何よりじゃ」
「そちらも、お変わりなく」
 烏天狗は笑って宙に身を躍らせた。
 大きな羽を使い軽々と皆の前に着地してみせる。
 すると烏天狗の背から、ひょいと頭をのぞかせたものがいる。
「お久しぶりです」
 それを見て聖子と良成が破顔する。
「奏様」
「奏君」
 一同のうちの一等若い八郎の背よりやや低い、青い顔をし衣をつけた蛙が立っていた。
「わ、烏天狗殿に蛙殿、ほ、本物じゃあ」
 書庫にある書物の中でしか見たことのなかった八郎が、感動のあまり声をあげた。その顔は興奮と嬉しさでいっぱいである。
 一方、妖界と交流が日常的である聖子などは驚きもしない。
「初めまして、聖子にございます」
 と烏天狗への挨拶を欠かさない。
 そんな聖子の様子を面白く思わない明子と犬千代が、聖子だけに聞こえるように互いにささやく。
「聖子”殿”は余裕じゃのう」
 聖子は聞こえぬふりをして二人をやりすごした。
 何やら怪しげな雰囲気となっている雅楽寮の三名に対し、烏天狗が笑って自己紹介をする。
「子飼いの烏が忙し気に文のやりとりをしておったのを見て懐かしくなって飛んできてしもうたよ。まあ古狸のつかいでもあるがの」
 そう言い烏天狗はかっかと笑った。
「それはそうと烏天狗殿、妖界は大丈夫にございますか」
 玄庵が心配そうに尋ねる。
「それよ。多くの者の体が透けてきておっての。幸い儂は無事じゃが」
「私の方は……」
 烏天狗に続いて奏が上半身を脱いだ。
 そこにはあるはずの上半身がなく、向こう側が透けて見えるのだった。
「なんと」
 それを見て思わず良成がうなった。
「奏様、お気分は」
 聖子が青ざめた表情をしながら尋ねる。
「ああ、なんともないんじゃこれが」
 蛙はそう言うとはははと笑った。

「我らが調べた結果、どうやら人々の思念が妖界と関りがあるようなのでございます」
「ほう」
 康親の言葉に、烏天狗が興味を抱く。
「人々の信心が我等を形作っておるという話でございますか」
 聞いていた奏が口を開く。
「なんと。妖界ではそのように伝え聞いておるのでございますか」
 八郎が驚きを隠さずに言う。
「早いこと妖界へ頼めばよかったやもしれぬな」
 康親が八郎をねぎらう。
 康親と八郎の二人が書庫で過ごした時間を考えると、いかにも惜しく思われた。
「ではもしかして、その言を借りますと、人々の信心が強い方が、妖界で力を持つということでございましょうか」
 間を置いて、勘の鋭い聖子が続ける。
「そうじゃのう、げんに儂などはまったく透けておらぬ。狸殿もじゃ。他には狐殿もおるのう。皆よく知られた力の強い物の怪じゃ」
 言うと烏天狗は自らの衣を引っ張ってひらひらさせたり、片腕を頭の上にまわして力こぶを作ったりしている。
「皆、人々の信心により形作られ、またそれが力の源になっております」
 奏は寂しそうに己の上半身を見てそう言った。
 それを見て聖子と八郎は言葉を無くす。
 明子と犬千代は先ほどから黙って聞いている。
「なるほど。頼明めの狙いが分かってきた気がする」
 玄庵がぽつりとつぶやいた。
「と言うと」
 康親が続きをせがむ。
「頼明めの狙いは初めから都の転覆にあったのよ。しかしそれには妖界の力が邪魔をする。過去に二度も大きな戦をし敗れておるからの。妖界の力を弱めるには人々の信心を弱めればよい。そのために頼明めは人々の夢に細工をし、信心がかすむほどの夢を、都の転覆する夢をこしらえたのよ」
「なるほどねえ。よくもそこまで一人で立ち回るものだ。よっぽど都が憎いのかねえ」
 良成がため息交じりにぼやく。
「何にせよ、頼明は都の転覆に異常な執着を見せておる。である限りは我等とは相容れぬ間柄よ」
 陰陽寮を司る康親がぴしゃりと言う。
「では烏天狗殿、話は戻りますが、何故半月後なのでございましょう」
 黙っていた明子が尋ねる。
「ああ、そのことよ。あと半月すれば満月になる。月の満ち欠けは重要での、我等物の怪は満月の夜に力が増すのよ。人間の祭りが多いこともあってな。それまでに妖界の方でも修行を重ね力をためておきたいんじゃ。お主等も半月あればだいぶ準備も出来るじゃろう」
「そういう事でございますか。では我等に選択の余地はない。我等は我等で修行をいたします」
 康親が八郎に確認するように頷いてみせた。
「では半月後にのう」
「もう戻られるのか」
 犬千代が惜しげに言う。
「人界で形を保てるほど、もう私の力も残っていないのでございます」
 奏が悲しそうに言った。
「では半月後に」
 帰り支度をする二名に対し、玄庵が身を案じる素振りを見せながら言う。
「はい、半月後に」
 烏天狗の背に乗った奏が、少し笑顔を作りそれに返した。

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