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【ショート・ショート】写真

 カラン、カラン。カウベルが勢いよく鳴って、明子が入ってきた。
 近くの喫茶店。
「ママ、コーヒー、お願い」
 薄手のコートを脱ぎながら、裕一の向かいに滑り込んだ。
「ゴメン、出掛けに母に捕まっちゃって」
 と片目をつぶり、拝む仕草をする。いい表情だ。パシャッ。心の中でシャッターを切る。
 今日はカメラを持参していない。

「用って何?」
「小母さんから、アッコが結婚するって聞いたから」
「しないわよ。ユウにまで、そんなこと言ったの。まったく、もう。母が昔お世話になった人の紹介で、会うだけでいいからって、あまりに五月蠅うるさいから見合いしただけよ。でも義理は果たしたからもういいの。出掛けに、その気はないって断ってきたわ。あっ、ユウ、その事、気にしてたんだ」
 立て板に水とばかりにまくし立てる明子には、いつものことながらされる。
「いや、そうじゃないよ」
 裕一はそっと息を吐いた。


「はい、コーヒー、お待ちどうさま」
 話好きのママは、直ぐにくちばしを突っ込んでくる。
「二人そろってなんて、久しぶりね」
「えっ、そう?」
「そうよぉ。前はよく一緒に来てくれたのに」
 ママは、裕一と明子、交互に目をやりながら
「やっと決心したの?」
 と探る。

「えっ、何を?」
 と返しながら、途中で質問の真意に気づいた明子は、
「そっ、そんなんじゃないわよ」
 と両手を振りながら否定する。
「あっ、アッコちゃん焦ってる。図星だったかな」
「ママが、いきなり変なこと言うからよ。ホントに違うってば」
「どうだか。そうやってムキになって否定するところが、逆に怪しいわね」
「ちょっと、ユウも何か言いなさいよ」
 明子は、形勢が不利になると、いつも裕一に頼る。

「いや、僕は……」
「ユウが黙ってるから、ママが変にかんぐるのよ」
「僕に当たることないだろ」
「だってぇ」
 明子はむくれ顔。
「おや、おや。仲の良いこと」
「そんなんじゃ、ないってば」
「ハイ、ハイ。さあさあ、邪魔者は退散、退散」
 ママは笑いながら立ち去った。

「もう」
 明子は口を尖らしながら、コーヒーを掻き回す。パシャッ、パシャッ。カメラはこういう瞬間を待っている。
 視線を感じたのか顔を上げた明子は、裕一の横の紙袋に気づいた。
「何?、それ。もしかして、結婚祝い?」
「いや、渡さなくちゃいけないと思って持って来たんだ」
 明子が紙袋を開くと、きちんとまとめられた写真とネガの束が数本あった。明子がこれはと目でうながすと、
「それ、ずっと今まで撮り溜めてた分なんだ」
 裕一は鼻の頭をく。


 そう言えば。
 父親のカメラをもらって喜ぶユウのモデルになったのが最初で、それが小学五年生の時。緊張しながらも、ポーズを取ってる、ちょっとおしゃまな私。それから、運動会、文化祭、修学旅行のもある。
 この関係は、中学、高校、大学になっても続き、社会人になってからも変わらない。
 すました顔もあれば、大口を開けて笑う私もいる。涙を流している場面も、喜んでいる時も。姉の結婚式での晴れ着姿。祖母の葬儀の時も。

「やだーっ。これ、すっぴんじゃないの。こんなの、いつ撮ったの」

 その都度、その瞬間で、素の自分がいる。
 写真はいつもユウが撮ってくれるものだと、ずーっと思っていた。そうなんだ。ユウはいつも側で、私を見守っていてくれたんだ。
 それなのに……。
 気づかなかった自分と、何も言ってくれないユウ。明子は両方に少なからず腹が立った。


「これ、どうするの」
「あげるよ」
「アルバムに貼るだけでも大変じゃない」
「俺も手伝うよ」
「いいわよ。持っててよ!」
「えっ?」
 コーヒーを一気に飲み干すと、明子はさっさと店を出ていってしまった。
「何、怒ってんだよ。変なヤツだな」
 裕一は一枚一枚確かめるようにして、広げ放しの写真を片づける。
 
 ママがカウンターで微笑んでいる。質問の答えはもらったようだ。


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