【ショート・ショート】勘違い
「ご飯よ」
私は、二階の子供達に向かって声を掛けた。夫はとっくに晩酌を始めている。
やっと支度を終えて席に着くや否や、頃合いを見計らったように電話が鳴った。
もう。
重い腰を上げて受話器を取ると、いきなり甲高い声が飛び込んできた。思わず耳から遠ざける。近所に住む友人の晴美からだ。
「今、いい?」
不機嫌になりかけていた気持ちは、一瞬にして吹き飛んだ。
ドヤドヤと子供達が降りてきた。
用件は、明日のPTAのこと。本題よりも、その後の四方山話の方が長い。
「近いうちに又お茶しようね。長々と、ごめんね」
「ううん、じゃあね」
終わりは、いつもの決まり文句。
ふーっ。
電話を終えて食卓に戻ると、子供達は粗方食べ終わっていた。温くなった味噌汁をすすっていると、
「お前、相変わらず、よく声通るな」
私をしげしげと見る。
「何よ、面と向かって言わなくても。私だって、気にしてるんだから」
私は口を尖らす。
「何、怒ってるんだ」
夫は怪訝な顔をしている。
「お母さんのは、地声よ」
長女が顔も上げずに言う。
「さっきの、木下さんでしょ。ここまで、はっきり聞こえたわよ」
「そう、未だ耳がキーンとして変よ」
「何、他人事みたいに言ってるのよ。お母さんだって、負けていないわよ」
あれっ。
私は、自分が空回りしていることに気づいた。
「お父さん。さっき、よく声が通るなあって言ったの?」
「そうだよ」
「やだーっ」
夫の肩を叩く。
「痛いよ」
私の田舎では、太っていることを『肥えとぅ』と言う。
今日の服はデザインだけで衝動買いしたものだが、体の線が目立つのが気になっていた。
そのせいか、私の耳は過剰に反応したようだ。
長男も、そのことに気づいたらしい。
「あっ、お母さん、やっぱ気にしてるんだ」
長男が腹を抱えて笑う。
「笑い過ぎだよ。小遣い、減らされてもいいの」
「えっ、そりゃあないよ。父さんから何か言ってよ」
長男は夫に助けを求める。
「でもお父さんは、ぽっちゃりさんが好みみたいだから。ねぇ、お父さん」
六つの視線が夫に集まる。
夫は黙ってビールを飲み干した。
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