見出し画像

【連載】ラジオと散歩と味噌汁と(9/15)

9.写真

 ある日。
 君が呼ぶ声に、私は寝室へ走る。
「どうしたの?」
 そこには、いつものパジャマ姿ではなく、白い花柄のワンピースに着替えた君がいた。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
 君は寝室の窓際に椅子を置いて壁を背に座っていた。
「何に?」
「今の私の写真を撮って欲しいの」

 君からの頼まれ事は久しぶりだった。君は、身の回りのことをほとんど自分でやった。見かねて手を出そうとすると、本気で怒ったものだ。
 体調を気遣えば病人扱いするなと怒るし、そうかと言って放っておけば冷たいとねた。
 君は段々子どもみたいになっていく。

「わかった。カメラ、持ってくるよ」
 私は押し入れの奥からカメラバッグを引きずり出した。
 私の唯一の趣味がカメラだった。出掛ける際には、必ずバッグに入れていたものだ。しばらく前から仕舞ったままになっていた。
 ペンタックスの一眼レフカメラにフィルムを装てんする。

 ファインダー越しの君は随分色が白くなった。蒼白いほどだ。妙に済んだ目をしていた。薄く紅を差した唇が濡れていた。顎の辺りがかなり細くなった。それでも切り取られた枠の中で君は精一杯微笑んでいる。
 私は胸が熱くなった。このままじっと見続けていると、私は泣きだしてしまいそうだ。

「じゃあ、撮るよ」
 私は、今この瞬間の君をフィルムと記憶に焼き付けた。
「念のため、もう二、三枚撮っておくよ」
 私は少しずつカットを変えながらシャッターを押した。

「きれいに撮れた?」
 そう聞いた君の、嬉しいような、はにかむような、悲しいような、なんとも言えない表情が忘れられない。
 私は「それなりにね」と笑って、「現像してみなくちゃ分からないけど、多分」と答える。
「今日の私をずっと覚えていてね」
 今日の君は少し変だ。心配になるくらい優しい顔をしている。

「ああ、絶対忘れないよ」
「ありがとう。私が死んだら、それを遺影に使ってね」
 私が顔を引きらせると、君は「なんちゃってね」とおどけた。

「そんな顔しないでよ。冗談なんだから」
 本気で困った顔をしたものだ。

<続く……>


よろしければサポートお願いします。また読んで頂けるよう、引き続き頑張ります。