この世のほかの思ひ出
古典の授業が好きだった。
きっかけは小倉百人一首だと思っている。好きだなぁと思った歌はいくつもあるが、断トツはこの一句。
あらざらむ この世のほかの 思ひ出に
今ひとたびの 逢ふこともがな
作者は和泉式部。平安時代中期の女流歌人。和歌の名手、才女、そしてめちゃめちゃモテる。(・・・という認識を持ってます。詳しい方すみません。)
和歌の技法とか表現方法をあんまり理解していないのにも関わらず、ひとつひとつの言葉が本当にストレートに訴えかけてきた。心をがしっと掴まれ揺さぶられる感覚をおぼえた歌だった。そして私はこの歌を通じて和泉式部という人が好きになった。
重い病で床に臥せり、もうすぐ命が尽きるであろうと悟っている時に作られたようだ。ざっと訳すと、「あの世へ持っていく思い出として、今もう一度あなたに会いたい」。せめて、愛した人の思い出と共に旅立ちたい、だからもう一度会いたい、と。
その相手は、どんな人だったのだろう。死を覚悟したとき、命が尽きる前に心の底から会いたいと願い、歌にまで残してしまうような人とは。
どんな恋だったのだろう。周りに何を言われようが、自分の気持ちを貫いて数々の恋愛を繰り広げてきたはずの彼女が選ぶ、しかも「この世のほかの思ひ出」にしたいというのだ。絶対に、中途半端な訳が無いでしょう。もちろん私の想像に過ぎないのだけど、彼女は自分の全てを懸けるように恋をして、その人を愛したのではないか。身も心も溶けるように幸せの絶頂にいる瞬間もあれば、自らを捧げすぎて、ぼろぼろに傷ついて朽ち果てそうなときだってあったかもしれない。
ここからさらに想像してしまうのだけど、この歌からは
あんなに愛し愛されたあなたとの思い出と一緒なら、あの世へも旅立つことができる
という、悲しみもありつつどこか美しさをまとった覚悟のようなものも、
私が全てを懸けて愛したあなたなのだから、思い出だけでもあの世へ一緒に連れていく
という念のようなものも感じる。
いずれにせよ、特に「この世のほかの」「今ひとたびの」という言葉からかな、半端ない強さの意思を感じる。
…あくまで私の勝手な想像だから、詳しい方だったりとか、もしかしたらいつかあの世でお会いできた和泉式部さん本人から「いや、全然そんなんじゃないから。」と冷静に言われるかもしれない。とにかく私はこんな想像をして、ストレートな言葉たちから感じ取った揺るぎない意思の強さに惹かれた。そして、それほどのめちゃくちゃすごい大恋愛をし、かつこんなに心を揺さぶる言葉でそれを表現できてしまう作者へ、心から憧れの気持ちを抱いたのだった。
私も、この世のほかの思い出にしたいような人にいつか出会うんだろうか。そんな淡い気持ちをぼんやり浮かべていた10代女子は、和泉式部への憧れを抱いたまま30代になった。まぁまぁ頑張って恋愛をし、結婚し、そして子どもを育てている。目に入れたらさすがに痛いんだけど、今の私にとってこの世で一番大切で、愛しくて可愛くて仕方がない娘。
和泉式部にも小式部内侍という娘がいた。(小式部内侍が詠んだ「大江山いく野の道の遠ければ まだふみもみず天の橋立」も最高にカッコよくて大好きです。)
でも小式部内侍は、子どもを出産した際に20代の若さで亡くなってしまう。母である和泉式部がこのときに詠んだ歌も有名だそうで、それがこの歌。
とどめおきて 誰をあはれと思ふらむ
子はまさるらむ子はまさりけり
亡くなった娘に対し、「子と母とを残して旅立ったあなたは、どちらのことを思っているだろうか。きっと我が子への思いがまさっているだろうな。母である私も、あなたを失ってこんなにも悲しいのだから」と。(※ざっと訳してしまっています)
ダメだ、今改めて読むとそれだけで涙が出てしまう。31文字に詰め込まれていることが信じられないほど、どこまでも深く底の見えない母の悲しみを受け取る歌。娘を失った悲しみをただただ訴えるのではなく、子を残して亡くなった娘に対して、同じ母親としての立場でそっと寄り添いながら表現されている思いの深さを感じて、心が痛くなる。
2首とも和泉式部の歌だけど、始めに載せた歌はひとりの女性が、後に載せた歌は完全にひとりの母親が詠んでいる。才女で歌が上手で色気もあって恋多き女性のイメージが強くなりがちだけど、子をしっかり大切に思う母親でもあるわけで・・私の中で、彼女の魅力が増している大きな理由はここにあると思う。
他にも「好き!」って思う和泉式部の歌はあるのだけど、キリがないのでひとまずこのあたりで一区切り・・。何でこんなに好きになったかというと、ストレートな思いや意思の強さをひしひしと感じるからだ。10代で憧れ始めた人は、20代、そして30代になってライフステージが変わっていっても、憧れのままだった。
好きな人やもののことを書くってむずかしい。感情が乗りすぎても、書いておきたいことが迷子になってしまう。それでも、ただただ私は和泉式部が好き!!ということをどこかに記しておきたい気持ちが勝ったので書きました。この気持ちが、どこかに埋もれて分からなくなってしまう前に。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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