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刀の魅力を次世代に繫ぐための、美しさを際立たせる箱

刀の趣味は一代で終わってしまい、次の代まで続かないことが多いそう。普段はたんすの中などにしまわれていて、その美しさに触れる機会が少ないからだ。日本刀は歴史的に価値がある美術品。後世に残すためには、日常的に何度も目にして愛着をもってもらうことが重要だと刀箱師かたなケースしの中村圭佑さんは言う。実際中村さんのお子さんは刀を「きれい!」と言っているそう。日常的に“飾る”ことは大切なのだ。



美術館のように刀身を飾れる専用箱。価格は170万円までに設定

刀は錆びやすく、通常はさやに入れて、しまっておくのが鉄則。しかし日常的に刀身の美しさを眺めたいと考えた中村圭佑さんは、美術館のように刀を飾ることができる専用の箱を作れないかと考えた。
 
ゲーム会社を退職して最初の2年間は、理想の刀箱かたなケースを求めて試作品作りに没頭した中村さん。UFOキャッチャーの設計をしていた経験がここで生かされた。設計図を引くことはお手のものだったからだ。
 
「設計図ができたら、会社員時代にお世話になった業者さんにお願いして、各種パーツを作ってもらいました。売れるかどうか分からないのに、皆さん快く引き受けてくれてありがたかったです」

刀箱は中村さんが一つ一つ丁寧に組み立てる


試行錯誤を経て、2020年に受注生産を開始。サイズなどに応じて約25万円から170万円までの価格帯の商品を準備。果たして需要があるのかと心配したが、販売してしばらくすると、ネットなどで知った国内外の富裕層を中心とする愛刀家から注文が殺到した。
 
「こういう商品が求められていたのだと分かって、刀を部屋に飾りたいと考えるのは自分だけではないのだとうれしくなりました。今はもう少し機能を抑えた手軽なものも開発して、より幅広い人に刀箱を通して刀の美しさを知ってほしいと思っています」

刀のサイズに応じて大きさもいろいろ選べる


「刀箱」に込められた思い

中村さんが作る刀箱からは、刀好きならではのこだわりが数多く感じられる。例えば刀身を立てかける部品には、錆びにくいよう防水性があり、かつ振動に対する安定性を高めるために低反発のスポンジ素材を使用している。壁に掛けて使用して場合を想定した耐震試験では、阪神淡路大震災や東日本大震災クラスの震度6強から震度7クラスの地震でも刀身が刀掛けから落ちることなく刀を守り抜いた(なお、これは特許を出願中とのこと)。

刀を立てかける部品にもこだわりが

刀箱前面にはアクリル板を採用。ガラスだと万が一割れた時に破片が飛び散って切っ先の刃がかけてしまう恐れがあるからだ。そしてこのアクリル板は映り込みがないタイプのものなので、非常にクリアに刀の写真撮影や鑑賞ができるとファンから喜ばれている。

アクリルはガラスよりも柔らかく割れにくい


マニア垂涎の「地鉄鑑賞モード」

刀箱内のスポットライトは、自由な角度で照らせるよう稼働式になっている。刃文と地鉄じがねを美しく浮かび上がらせるには、刀によって光を当てる角度が異なるからだ。

刃文と地鉄についてはコチラ


高級タイプは「地鉄鑑賞モード」を搭載。これは通常のオレンジ色のスポットライトから、スイッチ一つで白色の蛍光灯のようなライトに切り替わり、より地鉄を美しく照らすというものだ。詳細について中村さんはこう言う。

スポットライトは自由に位置と角度が変えられる

「光が強すぎると刃文が見えにくくなってしまうので、いかに柔らかく光を当てるかが大切です。そしてどういう角度で当てるか。刃文と地鉄では見えやすい光の性質も異なるのでライトを2種類搭載しました。これは筋金入りの愛刀家に好評です」


最上位モデルは特注の箔と漆のパーツを設置


最上位モデルの台座部分にははくと漆をあしらったアクリルパネルも設置している。表と裏でデザインを変え、季節に合わせて楽しめるよう工夫されているものもある。アクリルパネルの模様が刀のむね部分に映り込み、美しさをより引き立てる。

刀がより美しく映える箔と漆加工のアクリル板


「刀箱のパーツを作る業者さんには事前に刀を持参して見てもらっています。刀を好きになってもらえないと、パーツであってもいい物づくりはできないと思うので。その上で刀に愛情を注いでくれる人に制作を依頼しています」
 
その完成度から、フィギュアなど他の物を飾るためのケースを依頼されることもあるが、全て断っていると言う。
 
「自分が心から好きなものでないと、何をどう見せれば良いか分からないですからね」
 
中村さん自身の刀愛が強いからこそ、愛刀家が本当に望む展示ケースを作ることができる。中村さんの刀箱は、刀だけでなく刀を愛する人の思いも輝かせるのだ。


刀の伝道師としての使命

刀に関わる仕事をしようと決めたとき、「刀を作ることには興味がなかった」と振り返る中村さん。美しい刀を作る刀匠(刀職人)はすでにいるからだ。それよりも自分が大好きな刀の引き立て役になることを選んだ。そして刀の魅力を伝える伝道師として活動することも。現在、X(旧Twitter)やnote、Voicyなどで刀の楽しみ方を発信中だ。


子ども達にも刀の魅力をぜひ知ってほしいと語る中村さん

「実は今、刀の供給は需要を上回っていて、一部の刀を除いて価格が下落しています。この状態が続くと刀匠の収入も減り、産業として成り立たなくなります。刀の価値を底上げするためにはもっと愛刀家の裾野を広げることが大事で、インテリアとして楽しめる刀箱はその役に立つはず。さらに家の中で日常的に刀が飾られていれば、刀の美しさに魅了された子どもが、将来刀の魅力を次世代に伝えてくれるのではないかと期待しています」

刀の鐔(つば)だけを飾るケースも。鐔の裏側も背面の鏡で見ることができる


興味があるのではと思い編集部が持参した手回し式焙煎器『くるくるカンカン』に触れ、「シャフト部にベアリングが用いられていて、回し心地が滑らかで最高です。ものづくりへのこだわりが感じられます」と中村さん。さすが目の付け所が違う!


中村さんの刀への愛と情熱に触れ、刀の美しさを目の当たりしたライターは、がぜん刀文化に興味が出てきた。見るものもいいけれど、実際に刀を振るのはどんな感じだろう。ネットで調べて見つけたのが「刀エクササイズ」。一体どんなものなのか。次回、未知の「刀エクササイズ」に体当たり取材!

(次回に続く)

Supported by くるくるカンカン



クレジット

文:古澤椋子
編集:いからしひろき(きいてかく合同会社
撮影:高野宏治
校正:月鈴子
取材協力:刀箱師 中村圭佑
制作協力:富士珈機

ライター・古澤椋子 https://twitter.com/k_ar0202
1993年生まれ、東京都板橋区出身。水産系の社団法人、ベンチャー企業を経て、2023年よりフリーライターとして活動開始。映画やドラマのコラム、農業系イベントの取材、女性キャリアに関するSEO、飲食店取材など幅広く執筆。在宅ワーク中心で、運動不足なことが課題。

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