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刀身と一緒に暮らしたい!? 世界初の職業「刀箱師」をつくった男

心から大好きな存在を輝かせる仕事ができたらどれだけ幸せだろう。この世にその願いを叶える職業がなくても、諦める必要はない。日本で唯一の刀箱師かたなケースし・中村圭佑さんは、刀好きを突き詰めて、会社員を辞め、刀を輝かせる職人へと転身した。その波乱万丈のヒストリーを紹介する。



日本刀を美しく、良い状態で鑑賞するための刀箱

中村さん制作の刀箱

刀箱(かたなケース)とは、日本刀をベストなコンディションで鑑賞できるようにと考えて作られた専用の展示ケースのことで、中村さん考案のオリジナル商品だ。

参考記事「生と死が隣り合う芸術品! 「刀」の魅力に迫る!」

完全受注生産で、マンションの一室にも飾ることができるコンパクトなものから、豪邸のリビングに映えそうな大型のものまで、いろいろと揃っている。
 
刀をより美しく見せるために、スポットライトの位置や角度を変えることができたり、箔(はく)と漆を貼ったアクリルなどの装飾品もオプションで付けられたり、こだわりが詰まっている。
 
最高級品ともなると、価格は150万円以上にもなるそう。「自慢の刀をいつも見ていたい!」という富裕層や愛刀家、日本文化に興味のある海外の方からの注文が多いのだとか。


あの人気ご当地キャラも愛用者

客からは「刀が視界に入る生活になり仕事も集中できそうです」「照明の妙が素晴らしいですね」「大切な宝物ですので、飾っておけるのはありがたいことです」といった声が届いており、なんとあの人気ご当地キャラのふなっしーも中村さんの刀箱の愛用者だそう。
 
でも、なぜオリジナルで作る必要があるのだろう。これが「金持ちの道楽」というものだろうか。いいや、これは中村さんでなければ作れなかったのだ。


実は刀は誰でも購入できる。でも買おうとは思えなかった

中村さんが初めて刀の美しさに魅了されたのは小学3年生のころ。訪れたデパートで、偶然日本刀の即売会が行われていた。
 
「祖父が愛刀家だったこともあって、小さい時から興味はあったんです。即売会で実際に手に持たせてもらった瞬間、『なんだこの綺麗なものは!』と感動してしまって。刀の美しさに完全に魅了されました」


幼少期の原体験について語る中村さん

子どもの素直な心で、先入観なしに美術品としての刀の美しさに魅了された中村さん。しかし、同世代はアニメやゲームの話題で盛り上がり、刀の美しさを共有できる友達はいなかった。中村さんは刀の本を読むなどして、一人、刀愛を育てていた。高校生の時にはホビーショップで3万円の模擬刀を購入したり、ネットオークションで探したりしたが、本物の刀を買うには至らなかった。
 
「刀は銃砲刀剣類登録証があれば誰でも購入できて、価格は数万円から。ネットでも売っていますが、なにせ本当に切れる刃物ですしね。勇気が出ず、欲しい! 買おう! とは思えませんでした」
 
やがて大学に入学し、刀とは関係ないロボット作りを専門に研究。そこで身につけた設計の技術を生かして、ゲーム機メーカーのセガに入社し、UFOキャッチャーなどの設計開発に取り組んだ。忙しい生活を送るうちに、いつしか刀への情熱を忘れていったという。


「今の仕事を勤める人生でいいのだろうか」

30歳で転機が訪れた。子どもが生まれて、育児休暇を取得した時のことだった。
 
「子育てでバタバタと日常を過ごしながらも、ふと自分の人生について考えることがありました。いまの仕事に不満はないけれど、このまま定年まで今の仕事を勤める人生でいいのだろうかと。自分の人生の行く末を見つめるなかで、子どものころに夢中になっていた刀のことを思い出しました」


初めて手にした時の高揚感

改めて刀を持ってみたいという想いを抱き、刀匠(刀を作る職人)が主催する初心者向け講座に参加。本物の刀を用いて、鑑賞方法や持ち方を教わった。参加者は10人程度で、中村さん以外は女性だったという。
 
「久しぶりに刀を持ってみて、独特の高揚感を感じました。もっと持ちたい、見たいという気持ちが溢れ出ました」

人生の節目に刀愛が溢れ出た


目が離せない「何か」を感じた

自身2度目の刀ブームを迎えた中村さんは、同様の鑑賞会に足を運び始める。そしてついに刀の購入を決意。ネットでは偽物も多く出回り、初心者では真贋しんがんの判断もつきにくいことから、都内の刀剣店を巡ることにした。意外にも銀座近辺だけでも刀剣店は10店舗近くあるのだ。
 
意を決して刀剣店を訪れたものの、まだ初心者であった中村さんにとっては敷居が高かった。店主から好きな刀は? と聞かれても、うまく答えられない。刀を手に持ちたいと口に出すことすらできずに、立ち去ってしまうことも少なくなかった。いくつか店を巡るなかで緊張がほぐれ、6店目でようやく刀を手に取って見せてもらうことができた。店主との会話もスムーズにこなせるようになっていた。
 
その後も刀剣店に足を運び、刀を見せてもらった。最終的に、接客が丁寧で刀への愛を感じると判断した店で購入を決意。「初めて刀を購入したいが、どれがいいかわからない」と素直に伝え、何振りも刀を出してもらった。特に美しさに心を揺さぶられた刀は、1時間以上かけて鑑賞した。
 
いくつか手に取って鑑賞したあと、店内に飾ってある刀がふと目に留まった。美しさはもちろん、目が離せない「何か」を感じた。

初めて買った刀の印象は今も強く残る(※写真の刀ではありません)


家に帰ってからも頭から離れず……

「家に帰ってからも、その刀のことが頭から離れませんでした。その後も刀剣店に足を運びましたが、3日連続でその刀が夢に出てきたのです。これは呼ばれている! と思い、買う決心をしました」
 
ちなみに値段は高級外車が買えるくらい。一介のサラリーマンには大金で、貯金をはたいて購入した。それでも、完全に魅了された刀に出合ったことで、中村さんの人生は大きく変わり始める。


ないなら自分で作ればいいじゃないか

初めて買った日本刀。当初は嬉しくて毎日眺めたという。しかし、仕事が忙しくなると、それもできなくなった。
 
「残業して夜中に帰ってきた時などはさすがに出し入れがおっくうで……。やがて刀を見る回数自体が減っていってしまいました」

毎日好きな刀を眺めていたい……


刀はしまっておくのが鉄則だった

錆びやすい刀は、通常はさやに入れて、しかるべき場所にしまっておくのが鉄則。毎回鞘から取り出して、傷などがつかないように気をつけて鑑賞するのは、それなりに時間がかかる。大好きな刀なのに、気軽に鑑賞できない。
 
やがて、美術館のように刀身を出した状態で飾ることができれば常に美しさを堪能できるのに、という想いが湧き上がるようになったという。しかし中村さんが望むような展示ケースは売られていない。「だったら、自分で作ればいいじゃないか」と決意。そして会社を辞めた。
 
「当時は子どもが生まれたばかり。会社勤めと育児、さらに展示ケース作りを、同時にはできないと思いました。愛刀家は一定数いるので自分1人が生活できるくらいは需要がありそうな一方、ニッチな分野なので大手企業は参入しづらい。まだ誰も作っていないのならビジネスチャンスはあると思ったのです」


情熱を向けられる仕事がしたい

会社勤めの安定した生活は捨てがたがったが、これからの人生を考えると心から情熱を向けられる仕事をしたいという想いが、最後に背中を押したという。
 
自分を見つめ直し、好きなことに向き合ったことで、世界で唯一の刀箱師が誕生した。
 
好きな物を輝かせたい! 刀を心底愛する中村さんだからこそ作ることができる刀箱のこだわりとは? 次回、その制作過程に迫る。

(次回に続く)

Supported by くるくるカンカン


クレジット

文:古澤椋子
編集:いからしひろき(きいてかく合同会社
撮影:高野宏治
校正:月鈴子
取材協力:刀箱師 中村圭佑
制作協力:富士珈機

ライター・古澤椋子 https://twitter.com/k_ar0202
1993年生まれ、東京都板橋区出身。水産系の社団法人、ベンチャー企業を経て、2023年よりフリーライターとして活動開始。映画やドラマのコラム、農業系イベントの取材、女性キャリアに関するSEO、飲食店取材など幅広く執筆。在宅ワーク中心で、運動不足なことが課題。

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