トヨタシエンタのデザイン解析#2〜歌舞伎の隈取り風フェイスの意図とは?〜
目次
箱じゃないパズルの様なデザイン
覚悟の隈取りフェイス
シエンタデザインの技②:見え隠れ!!どっしり感の印象操作
嫌いも好きの一部
箱じゃないパズルの様なデザイン
前回現行シエンタのデザイン上の特徴の一つである、ブラックアウトされたAピラーとルーフの関係を解きました。今回も引き続きシエンタのデザインの特徴を一つずつ紐解いていきたいと思います。デザイン上の“技”を順次記述していくのですが、改めて見るシエンタのデザインはパズルの様です。塊をガツンと表現するVWのミニバンの様な出で立ちではありません。VWの箱型ミニバンの角をなめしたようなしっとりとした手の込んだつくりは、己の重量感と車格に見合った堅牢性と期待する機動力をデザイン上で正確に表現しています。よくできたスーツケースの様な雰囲気です。誰も空港内での爆走に快適に追従してくれるスーツケースは求めていないでしょう。それなりの重さを引きずる状態を理解したうえでの性能を求めますし、それに呼応するデザインを求めるはずです。それでもVWのミニバンには高速アウトバーンを爆走する筋力が、デザイン上に必要要素としてにじみ出ている事が魅力的ともいえます。
話は戻ってシエンタ。日本におけるミニバンに求めるのはドイツ車のそれとは異なり、むしろ別軸で複雑なような気がします。既出の記事で少し触れたように、高速走行性能は求めないけれど、ミニバンヒエラルキーに対してはかなり注意を払っていることはデザインからもうかがえます。
覚悟の隈取りフェイス
シエンタと聞けば真っ先に思い浮かぶのはあの特徴的なフロントフェイスではないでしょうか。フロントライトから細く降りる一本の黒い樹脂パーツ。ある人曰く、『涙で流れたマスカラの跡』。もしくは『レクサスへの憧れ』とのこと。うーん、後者を聞いてハイエースにレクサスエンブレムを付けて走っている姿を連想させます。それをどうのいう胆力は私にはありません。だって運転している人怖いんだもん。涙で流れたマスカラだって状況を考えれば決して穏やかな状態ではありません。いずれにせよ迫力を持った顔である事は間違いないシエンタ。記事の中ではガーニッシュと表現しましょう。バンパー別体の艶なし黒樹脂を基本として、オプションで色を変えた車両も見かけますね。整流の為でしょうか。風切り音やふらつき、空気抵抗の低減としてフロントとサイドの端部に工夫をする車両は見かけます。けれどわざわざバンパーから独立した新規部品を、コストに厳しいコンパクトカーに与えるでしょうか。デザインの観点から探っていきましょう。
シエンタデザインの技②:見え隠れ!!どっしり感の印象操作
前置きをずいぶんとってソレか。とは言われそうですが、そうです。シエンタのガーニッシュは実寸法以上の車幅を演出していると思われます。大きく立派に見せたいのは、車のみならず人間の根底にある心理。至極普通。そんな当たり前なこと言わなくてもいいじゃんか。とは言われそうですが、筆頭すべきはそれをあのガーニッシュが担っている事です。
具体的にどう大きく見せようとしているかというと、あのガーニッシュは本来の車のフロントとサイドの面が交わる位置より車両後方に食い込みがちに配置されています。側面から注意してみれば、ガーニッシュが、フロントタイヤ周りの鉄板の豊かな膨らみを不自然に切り込んで居場所を作っているのがわかるでしょう。
それは目撃者が近づくシエンタを、やや遠巻きに斜め前から見た場合、本来の車幅よりも広い面をシエンタの顔面としてガーニッシュが補正させています。いわばエラの張った下膨れの顔に見えるわけですが、膨れたすぐそばにタイヤがある事で、『がっしりと幅広くタイヤが地面をつかんでいる』という印象の操作を実現しています。
加えて素晴らしいのが、至近距離でシエンタを斜め前から見た場合、目撃者から遠い側の片方のガーニッシュは視界から消えるのです。それによって車幅をもっとあやふやにしているのです。
向かって来るシエンタが傍を駆けていく流れを想像してください。遠くのシエンタを、やや斜めに認識したと同時に、左右に張り出した印象的なガーニッシュによって視点をタイヤ付近に集め、本来よりも幅広い位置でタイヤが駆動している様に見せます。
そばを過ぎる前、至近距離に来たシエンタの片方のガーニッシュが見えなくなることで、目撃者がガーニッシュに頼っていた車幅感覚が機能しなくなります。その直前まで見えていた左右対称の片方のガーニッシュが見えないということは、幅の広い遠い側面に隠れているという認識の補正が入ります。背の高い小型車としての寸法上の事実は変わらないのですが、目撃者はシエンタは小型ミニバンの割にどっしりタイヤが左右に迫り出している。地面を掴んだ安定感のあるプロポーションを持っているポジティブな印象を得ます。これらがガーニッシュの働きの一連の流れです。
シエンタの幅と高さはほぼ一緒(幅:1695mm, 高さ:1675mm)。幅いっぱい荷室スペースを必要としているので、ウエストを絞ってフェンダーを張り出させる『どっしり感』デザインは不可能です。それを左右のガーニッシュで補って躍動感のあるデザインに仕上げているのはお見事です。きっとVWにも考え付かない足し算のデザインです。
加えると、この左右の縦に伸びるガーニッシュには自動車古来の明確な機能と固有名詞がない事も、この効果を最大にしている要素と言えます。例えば既存既知のパーツや部位に加飾してしまうと、機能が明確な分、ほかの車との比較検証が容易にできてしまいます。その小細工が本当にその車に必要なのか判断ができてしまう。加飾が馴染んでいない場合は、その意図が浮いて煩わしく映ってしまうものです。ファッションでも、着やせを目的とした特徴的な着こなしの手法は、時間が経てばその効果より先に手段の古さに意識が向きます。若しくは『ああこの人、痩せて見せたいんだ』とむしろコンプレックスをあぶりだしていくことになります。
人はわからないものに注目するのです。無駄ではなさそうだから、具体的に知りたいから意識を向けます。また効果があやふやでも名前を知ってしまうと興味が薄れてしまいます。そのものの意味を追求することをやめて知った気になるでしょう。ここで突飛ではありますが質問です。自動車評論でよく出る『ヨーロピアンテイストなデザイン』という表現。あなたはこれが何かどれだけ詳しく説明できますか?−
嫌いも好きの一部
シエンタのガーニッシュデザインを見ていると、私がどれだけ前例や大多数の常識というものにゆだねているのか気付かされます。人間は言葉にできる意識よりもっと深い所では、物事をどう感じているのでしょうか。限定された条件の中で、印象付けたい状態と目撃者が見受けられる印象の差異を、『あれはなんだ?』という表層の意識の下で同時に、無意識にすり合わせている高度な技法を見ました。もしかしたらシエンタのデザインを酷評する人は、生活臭がする普遍的な小型ミニバンであって欲しいのに、実物はなんだか軽快で意思のある佇まいを無意識に気になっているのではないでしょうか。ミニバンらしさというフィルターを外してしまえば、その感情は実は『好き』かも。
うーんそう思うとなんとも魅惑的なスパイシーな車に見えてきました、シエンタ。小粒でピリッと山椒の様な車。そういえばグリーンのボデーカラーもありましたね。私は断然黄色がいいですけれど。
日本オリジナルの誇るべきデザインを持つシエンタは次回も続きます。
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