ボルボ850エステートのデザイン解析#1〜これってパルプ・フィクション!??〜
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ボルボ850エステートのデザイン解析#1〜これってパルプ・フィクション!??〜

Kuru-Setsu

目次
車をなぜ好きになる?
働く車
ステーションワゴン車はやっぱり魅力的??
ボルボ850は『パルプ・フィクション』!?
計算?『チグハグなデザイン』#1
計算?『チグハグなデザイン』#2

車をなぜ好きになる?
 皆さんが車を好きになったきっかけは何でしょう。大半の方は幼少期に既に好きだった。記憶する前から車を好んでいたことを聞いていた。など、詳細は大雑把に本能としているのではないでしょうか。私は結構はっきり覚えています。田舎に住んでいるのにも関わらず家に父の車一台しか無かった事が車への興味を駆り立てました。車がないと移動がままならない田舎では大人に1人1台が基本。子供の私は母の車がなぜないのかと思ったのが車への入り口です。また当時集合団地に住んでいて、常に多種多様な車を観察出来たこともただの興味だけに収まらなかった理由です。ちょっと人と変わっていることは自負しています。

働く車
 私の周りの子ども達は『はたらくくるま』から車を理解をしている様です。救急車や消防車などを集めた絵本があるとのこと。なるほど街を走る車の危険性も早いうちに教育するのです。そのためには『働く』目的がある『車』は飲み込みがしやすいですね。タイヤを転がして移動する動物なんて存在しませんので(顕微鏡で見ればいるらしい)、動物的直感で理解はできません。教育が必要です。
 各々の家庭の自家用車が最も身近な存在ではありますが、それは『うちのくるま』であって、目的地と自宅を結ぶ拡張空間。車ではないのです。なのでまずは別に目的を持った働く車を通して、人力を超えた量・速度・力を備える車の概念を獲得していきます。
 明確な目的を与えられた存在は人の心を掴みますね。働く車が人間に健気に尽くす姿は子供たちの目にどう映っているのでしょうか。

ステーションワゴン車はやっぱり魅力的??
 セダンの衰退は以前の記事に書いた通りです。乗用車としての性能のバランスが優れていると言うのはもはや古典。いずれの車種も走行性能の平均が高まった以上、積載能力の低さが歪な性能バランスに映っています。一方でセダンとの姉妹車両であるステーションワゴンは一定の魅力を保持していると思われます。
 ミニバンの3列目やSUVの流行りを冷静に切り捨てられる判断能力を持つ人が、実質セダンで事足りる生活をしていてもワゴンを選ぶ傾向はあります。それはセダンの持つ格式の高さが鬱陶しいのか。それともSUVほどではない積載力を求めた結果なのか。それとも別の何か。時代とは関係なく意外と決め打ちでステーションワゴンを選択する人が多いのはなぜでしょうか。
 今回はステーションワゴンの市場を盤石にした1992年登場のボルボ850エステートのデザインに焦点を当てます。

ボルボ850は『パルプ・フィクション』!?
 皆さんはクエンティンタランティーノ監督のパルプ・フィクション(1994年)はご覧になった事はありますか。多数の登場人物が場面場面では繋がりのない動きをしている様に見えて、次第に各々が交差していく物語の展開は個性的です。「一体何を見せられているんだ?」と思いつつも切り取られた場面全体がいちいちキャッチーでオカシイ。なんだか目が離せなかったと記憶しています。結局どんな映画かと聞かれたら「・・・?」。まぁ、オシャレな映画。としか言えない不思議な物語です。
 ボルボと聞けば「四角いワゴン車」を思い浮かべる人はまだ多いでしょう。纏う独特の空気を『センスがいい』とさせるいちいち意味ありげな造形。今日ではスカンジナビアデザインを、つまるところ『高級車』と同位に押し上げる高度なブランディングを成功させています。今や額面だけでも高価格帯ではあります。しかし従来の高級車を示す記号的なデザインや材料を使わずに、ボルボの世界の尺度に沿って作り込んだあれこれが集合して孤高の存在に光っています。
すぐ近くにいる高級ドイツ車勢の後を追わずにユニークな方法で構築してきた世界観が今、「セレブの愛車」という市場で混じり合うのはなんともドラマティックというか、シニカルなコメディにも見えます。
 話は戻ってボルボ850ワゴン。もうほぼ30年近く前の車ではありますが、リアのハッチゲートの左右の柱を置き換える様に配置された縦長のテールランプに大胆なひらめきを見ました。当時BTCCにワゴンで参戦したことは日本でどれほど知られていたかは定かではありませんが、よく走るワゴン車というイメージは日本のレガシィと同様に乗用車として『アリ!』。市場の受け入れ土壌を整えました。

計算?『チグハグなデザイン』#1
 ボルボ850が登場した1992年はすでにスバル初代レガシィツーリングワゴンは登場していて、結構な数が街を走っていたのは覚えています。私は850が現役の時代を田舎の市営団地で過ごしたので、感度が高い人が乗りそうな850を間近で見たことが最近までありませんでした。850について書こうとして中心街を観察したらビックリ意外とまだ走っている。
 そろり停まっている850に近づいてみると、そこにはさすが空飛ぶレンガと言われるだけの角が張った箱がありました。けれどその姿はなんとなくユルイ。。別に経年劣化を起こしているわけでない個体でした。どうやらデザイン細部から醸し出されています。特に巨大なバンパーを覆う無塗装の樹脂は80sの面影を引きずる様な存在感。頭の中で同時期に登場していた車両を思い出して比較しても850はやや老け顔。ややもすれば、幅いっぱいに置かれた長方形のヘッドランプとグリルによっておおらかなアメ車の様な顔つき。アメ車でももう少しバンパーにメッキの加飾はあるはずで、カテゴリークラスを考えても妙にスッピン素顔。そのぶっきらぼうな樹脂パーツとのバランスで『アメ車でない』事はすぐに伝わってきます。90年代当時の他の欧州車は今日に続く凝縮感のあるデザインへの変換期であったため、消去法でこれはボルボデザインである。と、私デザインオタクは思い至ります。『狙ってないデザインが抜け感のあるオシャレ』とは当時誰かが言っていたかは知りませんが、令和にこの車を求めるだろう人は、その言葉に責任が負える雰囲気と余裕を醸し出している姿が想像できます。ビンテージのコートやワークアイテムを、巧みにGUCCIなどの高級品もうっかり一緒に嫌味なくまとめ上げることができる力量の持ち主です。きっと。
 よく観察して見ると。箱形を印象つける水平に伸びるルーフラインと、微妙に弓形に伸びて落ちていくウインドーラインはリアランプ付近末端でその間に大きな余白を残しています。白紙に定規で引いた線の中に手書きで描いた線が混じっている様な気持ちです。あれ?妙な不安感。
 理由はセダンと乗降ドアを共有していることにあり、セダンのルーフを降るラインに合わせてドアも水平を保っていられなかったことにあります。そうなんだけれども、そういうことではない私のこの気持ち。頭の中で決めつけていた『the箱!』イメージをちょっと乖離させるポイントに気づいてしまいました。((おいおい、与えるイメージに反して作り込みが甘くないか???))
残念とまでは言わない。けれどなんだかちょっぴり裏切られた様な。でもそれを認めてしまうとこれまで抱いていた高まりを思い返してなんだか小っ恥ずかしくなる。
 例えるなら件の令和オシャレマスターのビンテージニットの裾に黒ずんだ毛玉を見つけてしまった様な気持ちです。全体が醸し出す雰囲気にビンテージアイテムは外せないのですが、とは言え毛玉の持つリアリズムはどうにも苦い。それに気づいてしまう私の無節操な目線がいけなかったのか。
『・・・』

計算?『チグハグなデザイン』#2
 気を取り直して観察を続けると、90年には先駆けと言えるフロントライトの目尻から持ち上がるキャラクターラインが見つけられます。リアに向かって駆け上がるキャラクターラインは今日まで続くデザイン手法の一つで、エンジンとキャビンの塊感を補う機能があります。具体的には駆け上がるラインと合わせて左右のウインドー幅をリアに向かって絞っていくのに都合がいいのです。わかりやすいのが初代ヴィッツですがまた後で詳細は記事にします。
 頭で思い起こす850の印象に、“箱型”だけでない乗用車としての要素がきちんと織り込まれているのはこういった細かいエッセンスが知らずに効いているからでしょう。ボクシーなワゴンをそのまま業務用と紐付けさせない、無意識下での引っ掛かりを残しているのはさすがですね。
 が!。特に850はリアに向かって車幅を絞って凝縮感を演出しているとは言えません。目尻から登ったキャラクターラインがサイドウインドー下端と合流して弓形に登った後リアタイヤ付近で水平に抜けていく。この特徴だけではメルセデスのデザインと同じですが、キャラクターライン下に豊かなショルダーラインの盛り上がりもなく、リアタイヤとフェンダーの間のくびれもありません。リアを絞らなかったから特徴的な縦長のリアランプのデザインが実現できたとも言えます。
850に関してはキャラクターラインが抑えるボデーの盛り上がりが無い為か、20㎜程度の幅の溝を保ったままウインドーに繋いでいきます。溝に反射する太陽光をビーム状に凝縮して、車両側面にシャープな演出を持たせてるとも言えます。よくよく見れば車両全体の板金加工の曲げRは一定の秩序を持っています。主要な角は結構小さな曲げRで構成されていて、レンガと称される”箱”イメージの構築を狙っているのではないかと思われます。


次回予告:ボルボ850は乗用車?それとも?

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ありがとうございます。いいカーライフを!!
Kuru-Setsu
車のデザインも街の風景の一部です。車のデザイン語らせてくださいな。皆様の車を見る目線がちょっと変化して、ちょっとあたたかくなってくれたら嬉しい自動車設計者です。ペンを操るカーデザイナーになれなかったけれど、物理や数学を操る方のデザイナーになったのです。自動車に愛を込めて。