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【随筆/まくらのそうし】 どぶ

 子供の頃、ドブという名の用水路で、十五センチほどの鯉を捕まえた。

 平生から、家のベランダには兄弟と捕まえたオタマジャクシやらドジョウやら、ザリガニ、ウナギに豊年エビなど、色々なものを飼っていたが、鯉などという大きな獲物は初めてだったので、持て余しながらも連れ帰り、発泡スチロールの水槽に入れた。

 しかし、この鯉が跳ねるのだ。

 跳ねて、水から飛び出すので、我々は、お前は馬鹿かと、口々に言い、そのたび鯉を水に戻した。

 いま思えば、どちらが馬鹿かという話だ。

 子供の頃の世界は狭い。

 けれど、その狭い世界の中は、あの頃、生命で溢れていたのだと、いまは塞がれたドブを見て、そんなことを考える。

 現代の子供たちの世界を埋めるものは、命ではなく、何なのだろう、と。

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