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スカイとマルコ(33)・いっしょに

あたしはすぐに分かった。
あの車に乗っているのはケイタ君。空気に漂う一瞬の気配で気づく。
あ、車のドアが開いた。ほらね、やっぱり、ケイタ君。あのホカホカの太陽みたいな膜、ずっと、変わりない。

人間はルックスが変わることに一喜一憂するけど、もっと大事なことがあることに気づいていないみたい。
ケイタ君の陽だまりの膜があたしは大好き。

月子さんの透明な膜は、あたしと出会った頃は、ひんやり寂しそうだった。
でも、今はキラキラと輝く膜に変わっている。

そして、その膜に変わったのは、あたしと暮らしてから。
あたしを愛おしいと思ってくれたから、あたしを大切だと感じてくれたから、もう、寂しくないから、だから、キラキラと輝いている。

でも、あたしは、まもなく、いなくなる。

でも、もし、ケイタ君が側にいてくれたら・・・。月子さんにも、あたしに注いでくれたような、ホカホカ光線を注いでくれたら、、、あたしは安心だ。

さぁ、もう一踏ん張りしよう。最後のあたしの企み。
もう、ヨボヨボでこれ以上動けないって、地面に横たわった。テコでも動かないというように。

「え、ソラ、嘘でしょう?ここでそれはかなり困る。流石に、私が抱っこで帰れる距離じゃないし。・・・仕方ない、タクシーを拾おう。いや、東野さん、タクシーってここに呼んでもらうことは可能ですか?あ、もし、近所のタクシー会社の名前を教えて頂ければ、私の方で検索して呼びますので、どうぞ、仕事に行かれて下さい。」

冷静になんとか対処しようとする月子さんに対し、ケイタ君は、ちょっと待っていて下さいと言って、どこかに電話をし、その後、にっこりと笑って、言った。

「僕があの車で送りますよ。シェルターの方は大丈夫です。もう一人のスタッフがすぐ来るので。僕は、よく、捨て犬や捨て猫の保護で出ることも多いので、1時間ぐらい抜けても大丈夫ですから、お気になさらず。」

やっぱり、優しいケイタ君、そう言ってくれると思った。
あたしは心の中でニヤリと笑った。
でも、身体はぐったりとさせ続け、ケイタ君に抱きかかえてもらって、車の後部座席に横たえられた。

助手席の月子さんが、何度も振り返って、心配そうな顔で確認する。
月子さん、大丈夫だって。ケイタ君との会話に集中してよ。
ケイタ君ももっと会話を弾ませてよ。

あーあ、人間って本当に世話が焼ける。

そう思っているうちに、あっという間に月子さんのアパートに戻ってきてしまった。

「本当にご迷惑をお掛けしてすみませんでした。もう、ここからは、私が担いでいけるので、大丈夫です。どうぞ、お仕事に戻って下さい。」

月子さんが、車を降りようとするケイタ君を制して、言った。
それに対し、ケイタ君は、ちょっとモジモジしながらも、「あの、もし良ければ、熊子に、いや、ソラちゃんに何かあれば電話を貰えませんか?」と言って、財布から名刺を取り出し、急いで、ボールペンで自分の携帯番号を書き足し、月子さんに手渡した。

よし、ケイタ君、よくやった。

あたしは、最後の大仕事を終えた気分で、月子さんに担がれ、部屋へ戻り、ベッドに寝かされた。

その翌日、あたしは食べるのを止めた。いや、食べれなくなった。もう身体が旅立ちの準備を始めたんだ。
旅立ちは身軽の方がいい。あたし以上に、神様が与えてくれた身体は知っている。

だから、月子さん、そんな、あたしの大好物の鶏のささみを大量に茹でなくてもいいよ。大好きなトリートを鼻先に持ってきてくれるのは嬉しいけど、でも、舐めるだけでもういいの。

3日後、あたしはすっかり動けなくなった。

月子さん、ごめんね、もう立ち上がれない。
おしっこもうんちも漏らしちゃった。ごめん、ベッドもシーツもいっぱい汚しちゃった。

そんなあたしに月子さんは、犬用オムツを履かせ、ずっとそばにいる。
夜は、床に自分用の毛布を敷いて、あたしのベッドの真横で寝る。
あたしは月子さんの寝息が好き。ずっと、ずっと、こうしていたいと思う。
でもね、もうそろそろだと、あたしは知っている。

ご飯を食べれなくなって5日目の真夜中、うつらうつらする意識の中、マルコの気配を感じた。
ああ、マルコが迎えにきてくれたんだ。
マルコ、マルコ、神様から言われたのね。そうでしょう?

「スカイ、違うよ。僕が神様に頼んだんだ。お願いだから、僕に行かせてって。僕の大切なスカイだから、僕が迎えに行きたかったんだ。」

そう、マルコはいつも優しいね。

「スカイ、僕は朝まで待てるよ。月子さんが起きるまで、待とうか?最後の別れをしたいんじゃない?」

どうだろう?
あたしは月子さんが、あたしの名前を絶叫しながら、「いかないでー!」と泣き叫ぶ姿を想像し、柄じゃないな、と思った。

「ううん、マルコ、大丈夫。月子さんが寝ているうちに、あたしを連れて行って。でもね、ちょっと待って、もう少し、月子さんにくっつくから。」

あたしは渾身の力を振り絞って、月子さんの腕の中に背中をなんとかねじ込んだ。

月子さん、マルコを病院で1匹で逝かせたことを後悔していたな。だから、あたしのことは絶対、自分の腕の中から旅立たせるって決めていたよね。月子さんの最後の願い、叶えてあげるからね。

「さぁ、準備オッケー。マルコ、いいよ。もう、あたしを連れて行って。」

あたしは目を閉じた。月子さんの規則正しい、寝息が心地良い。
月子さん、あたし、下界で、自分より大切な存在が見つけられるなんて思ってみなかったよ。宝物だよ。その時間も月子さんそのものも。

月子さん、月子さんの心を暗くしている悪いもの、あたしが全部、一緒に持って行ってあげるから、もう、心配しないで良いからね。だから、もっと自由に誰かを好きになって。そして、幸せに生きて。
それだけが、あたしの願い。
だって、あなたはあたしの一番大切な人だから。

マルコがあたしの魂に触れた。温かい。マルコの声があたしを包む。

「さぁ、スカイ、帰ろう。一緒に。」

(完)





















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