見出し画像

小説「走る、繋ぐ、生きる」第5話

【歩子@Manhattan】

朝7時のスタテンアイランド行きフェリーに乗った。朝が白々と明けてくる空、水面が朝日を受け、目を覚ますように、キラキラと輝き始めた。

「あ、自由の女神だ!」

ランナーの多くが、自由の女神を一目見ようと、窓に顔を向けている中、歩子は、運命とも思われるあの瞬間を回想していた。

歩子が、ブラウン夫妻の存在を知ったのは、去年の11月初旬。

アメリカ在住時代の友人が、SNSに、NYCマラソンを完走し、NYCマラソン特集ニュースにチラッと映ったと投稿していて、暇つぶしに貼り付けてあった、リンクをクリックしたのがきっかけだ。

そのニュースは、トップランナーより、一般ランナーや応援者にフォーカスしており、そこで、あるブルックリンで毎年応援しているブラウンご夫妻がインタビューに答えていた。

「毎年、応援されているんですか?」

「そうです。もう17年になります。」

「その写真は?もし、問題なければで、良いのですが。」

ミスターブラウンが、頷くと、カメラマンが、旦那さんが大切そうに抱えているフレームに入った写真を大写しにした。栗色の髪と同色の優しそうな瞳の少年が穏やかな笑顔を見せている。

「息子のジョンです。ジョンが7歳の頃からずっと一緒にNYCマラソンを応援しています。然し、、、10年前のNYCマラソンの丁度1週間後、11月12日、息子は事故で、、、亡くなりました。」

「え、それは・・・辛い経験をされましたね。」

インタビュアーが、少し戸惑い気味な顔で、言葉を繋ぐ。

「ええ、彼を失った痛みは10年経っても消えることはありません。しかし、息子は、私たちの誇りです。彼はいつも人の役に立ちたいと思う子でした。
脳死状態になった彼が、最後に望むことはなんだろうと考えた時、私たちは、臓器提供を選択しました。

実は、今でも、悩むことがあります。この選択は正しかったのか? これは本当にジョンの望むことだったのかと。
あ、失礼、話がずれてしまいましたね。えっと、なんでしたっけ、あ、そうだ、NYCマラソンの応援の話でしたね。」

「そうよ、あなた、私たちは今も、ジョンと一緒に毎年、NYCマラソンを応援しているという話よ。もう、最近、自分が話していること、すぐ忘れちゃうんだから。」

隣のミセス・ブラウンが肘で夫の横腹を笑いながら軽くつつく。
話題を明るい方向に変えようとしているのが感じられた。

「はっはっは、そうだった。今日は私たち、ブラウン一家の年に一度の大イベントNYCマラソンの応援の日。悲しい話はなしだ。

いつかジョンも走ってみたいと言っていたんですよ。
彼の夢は叶わなかったけれど、同じ夢を持つ人たちを、私達は応援しようと決めたんです。それが、ジョンが望むことだと知っていますから。」

歩子は、画面を呆然と見つめたまま動けなくなった。

10年前の11月12日、その日を歩子は忘れることはない。

それは、歩子が、心臓移植手術を受けた日だったから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?