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「未来のために」第11話


第11話 「マリウスと真実」


「……痛ってぇ」
 再び目を覚ましたレオはズキズキと痛む首すじを押さえた。ふと、人の気配を感じた。
「お前は何者だ」
 見上げると、真っ赤な目をしたマリウスがこちらを見て立っていた。
「マリウス……」
「お前は何者だ」
 マリウスはもう一度レオに聞いた。
「そんなの知らないよ。僕はただの人間でただのクロスだよ」
 レオはマリウスの様子を見て不思議に思っていた。温泉街で会った時は会話などできる状態ではなかったのに、今は普通に話している。
「もとに戻ったの?」
 レオはマリウスに聞いた。
「お前の血を飲んでから俺は変わった。こんな解放感は初めてだ」
「ねえ、どうして生き血なんか飲むようになったの? 薬ができるまで待てなかったの? そこまでして自分だけ助かりたかったの?」
「違う! 仕方なかったんだ! あの時……そう、俺たちは集まった生存者とこの城で生活していた。医者もいたし科学者もいた。クロスも一人いて治療薬を作るのに協力してくれていたよ。全て順調だった。あの日、あの時、娘がいなくなるまでは……」
「娘さん?」
「ああ、マリア……まだ十四歳の娘だ。夜に山を散歩してくると言って出ていってから行方がわからなくなった。朝になっても帰ってこなかったんだ。でも誰も外に出ることができない。探しに行くことすらできない。怒りと絶望で俺は気が狂いそうだった。自分がクロスだったらすぐに探しに行けるのに。そう思った時、気づいたら俺は研究用に採血したクロスの血を手に持っていた。どうなるかなんてあとのことは何も考えなかった。ただ娘を探しに行きたかったんだ。すぐにその血を自分に注射した」
「……そう、だったんだ」
「異変が起きたのはそれからだ。最初は体がものすごく楽になった。太陽も平気になり一日中山を歩き回っても疲れなかった。ところがその効果は一時的なもので、疲れとだるさが一気に襲ってくる。俺はまたクロスの血を注射した。毎日続けているうちに疲れとだるさは取れなくなった。そしてクロスの血が欲しくて欲しくてたまらなくなった。禁断症状だよ。普通の食べ物も水も何も喉を通らない。ただただクロスの血が飲みたくてたまらない。クロスから甘い香りがただよってくる。俺は、俺は気づいたら、寝ていたクロスの首すじに噛みついていた。そして血を……血を飲んで……」
 マリウスは震えながら頭を押さえていた。
「……それで、娘さんは? マリアさんは見つかったの?」
 レオが聞くとマリウスは首を横に振った。
「俺は……俺は父親失格だ。クロスの生き血を飲みだしてから、頭の中は血を飲むことしか考えていなかった。娘を探すことよりも血が欲しくてたまらなくなってしまったんだ。俺は娘を……俺が……俺がマリアを殺したのと同じだ!」
「待ってよ。そんなのまだわかんないじゃん。マリアさんはちゃんと生きてて、どこかのコロニーでちゃんと生活してるかもしれないよ? あなたの娘だ。そうだよ! きっと生きてるよ! そんな簡単にあきらめちゃダメだ!」
 レオは頭をかかえているマリウスに言った。
「ねえ、僕たちも一緒に探すから。だからあきらめないでよ。娘さんはお父さんを信じて待ってるよ。僕の血であなたがもとに戻るならいくらでも飲んでいいから。ね?」
 マリウスは頭を上げ驚いた顔でレオを見た。
「お前……」
「あ、でも死なない程度に飲んでよね」
 レオはマリウスに笑いかけていた。マリウスはただただ驚いているようだった。そして真っ赤な目から涙を流しはじめた。
「お前は……お前は俺のことを許せるのか?」
「許すも許さないも、何もないよ」
 レオはあきれたような顔をしてマリウスを見た。
「許しをこうのはマリウスが連れ去った人たちにだよ。どうして人をさらったりしたの?」
「それは……」
 マリウスは少し考えていた。
「そうだ、あいつだ」
「あいつ?」
「ああそうだ。シバという医者の男に頼まれたんだ。あれは、そう、俺が血を飲みだした頃だった。治療薬を作るためには治験が必要だから、なるべくたくさんの人間を用意しろと。それにコロニーを見つければきっとクロスもいるだろうって。クロスはお前にやるから普通の人間をさらってこいって」
「は? どういうこと? 医者がそんな恐ろしいことを言う?」
「……わからない。俺もその時は血が欲しくてたまらなかったから何も考えずに、ただシバの言うとおりに……」
 二人は顔を見合わせた。
「シバは何かをたくらんでいるのかも。それにマリウスは利用されたんだ」
「くそっ! あのヤブ医者!」
「ねえ、その人はどこに?」
 レオがマリウスにそう聞いた時だった。
「……私のことかね?」
「えっ?」
 足音が聞こえたかと思うと白衣を着た白髪の男が現れた。彼がシバという医者なのだろう。シバは背中に長い銃を背負っていた。
「きさまっ……俺をはめたんだな!」
「ハッ、人聞きが悪いなマリウスよ。あんなに血を欲しがっていたのはお前だろう? 私はただ生存者を集めたかった。お前はクロスを。お互いに欲しいものを手に入れただけじゃないか」
「いいや、それだけじゃないはずだ。きさまは何をたくらんでるんだ……」
 マリウスがシバに近づこうとした時、男はポケットから何かを取り出した。
「マリウス! ダメだ!」
 レオがそう叫んだ時にはもう手遅れだった。シバはポケットから取り出した注射器をマリウスの首に刺した。
「うっ」
 マリウスはとっさにシバの手を振り払ったが、カラカラと音をたてて床に落ちた注射器は空っぽになっていた。
「きさま、何を……」
 マリウスは首を押さえたまま膝から崩れ落ちた。
「お前が欲しがっていたクロスの血だよ。驚いたねえ。あのまま化け物のままでいてくれればよかったのに、まさか正気に戻るとはね」
 シバは不気味な顔で笑っていた。
「マリウス! マリウス! しっかりしろ!」
 レオは叫んだ。
「ウッ……ゴホッ……」
 マリウスは苦しそうにしながら倒れて悶えていた。
「何てことをするんだ! ふざけんな!」
 レオはシバに向かって声をあらげた。今すぐ殴りたかったが、まだ体がいうことをきかない。レオは立ち上がることさえできなかった。
「どうして、どうしてこんなことを……」
 シバはレオに近づいた。
「抗体も治療薬ももうとっくにできてるさ。私を見てみろ。太陽にあたってもなんともないだろ? ただね、こうなった世の中でこれから先、共に生きていく人間は私が選ばせてもらうよ」
「はぁ?」
「薬を作ったのは私だ。誰を生かすか殺すかは私の手の中なんだよ。私は神になったんだ。この世界の神は私なんだ」
「お前……自分が何を言ってるのかわかってるのか?」
 この男は狂っている。レオはそう思った。
「わかっているとも。ここは私の世界だ。新しい世界、ニューワールド。この世界にはクロスが邪魔なんだ。わかるかい? クロスの血は依存性が強いとわかった時に良いことを思いついたんだ。娘のためなら何でもするこのバカな男を利用しようってね。案の定、マリウスはとても役に立ってくれたよ。クロスを始末してくれるし生存者を連れてきてくれる。生存者を集めてから、誰を生かすか殺すかは私がジャッジするんだ。フフフフフ、私はこの新世界の神なんだよ! ヒィッヒィッヒィッ……」
 シバは不気味な笑い声をあげていた。
「まさか、お前がマリウスの娘さんを?」
「ヒッヒッヒッ」
 シバはまだ笑っていた。レオは愕然とした。
「……血……血が……喉が」
 苦しんでいたマリウスがゆっくりと起き上がろうとしていた。
「おっと、残念だけど君のそのクロスの血はやっかいだ。マリウスに飲ませるわけにはいかないんでね。君には悪いが死んでもらうよ」
 シバはそう言うと背負っていた銃を背中から抜きレオに向けた。
「残念だったね。恨むならクロスの血を持った自分の運命を恨むんだな」
 ――ガチャ
 シバは銃の安全装置を外した。
「やめろ! あなたは間違っている!」
「私は神だ。間違いなどない」
「神だって誰だって、間違うことはあるんだよ?」
 そう言ったレオは、覚悟を決めて目を閉じた。
 ――バンッ
 銃声が聞こえた。
 ――ドサッ
 確かに銃声は聞こえたのに何も感じなかったレオは目を開けた。目の前にはシバが血を流して倒れていた。
「……伊折!?」
 塔の入り口には銃をかまえた伊折が立っていた。
「伊折!」
「レオっ!」
 伊折が駆け寄ってきた。
「伊折……」
「レオ、大丈夫か? しっかりしろ」
 伊折はレオの肩を両手で掴んだ。
「伊折、後ろ……」
 伊折のすぐ後ろに起き上がろうとしているマリウスがいた。
「大丈夫だ」
 伊折はポケットから注射器を出すとマリウスの胸に突き刺した。
「それは?」
 レオが聞いた。
「麗子先生がつくった解毒剤。これでマリウスももとに戻れるぜ」
「そっかぁ。ありがとう伊折」
 伊折はレオのそばに行きレオを抱きしめた。
「ごめんなレオ。俺が……俺がもっとしっかりしていれば」
「ううん。伊折、ありがとう。来てくれるって信じてた」
 伊折はレオの顔を見た。
「バーカ、当たり前だろ。俺だってレオが無事だって信じてたよ」
「あは……」
「ははっ……よかった……」
 二人は安心して体の力が抜けたのか、しばらく座りこんで笑っていた。



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