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彼女の春巻き(5)

この小説は、過去にTwitterで上げた140字短編小説を書き直したものです。


彼女の春巻き(5)

「ウチのお父さん、中華が好きでさ。昔から何かあると近所の中華料理店に連れてかれてたのよね」

幼少期からの中華料理店の常連だったと言う彼女。学生時代にはそこでアルバイトとして働いてもいたらしい。その際、店主に教えて貰った料理の一つがこの『春巻き』との事。

成る程、あれは正にプロ直伝の味だったと言う訳だ。

「コツはね、豚肉を油通しする事と包む前にしっかり具を冷ます事。あとはー、そうそう、たけのこを炒める時にーー」

この小さな『春巻き』一本の中に、沢山の工程と工夫が溢れているのだと、そう楽しげに語る彼女を見て僕はふと疑問に思う。

(それ程の手間を掛けてまで料理を作るのは何故だろう?)

確かに抜群に美味しいが、毎回切ったり焼いたりと手間を掛けるのは大変じゃないだろうか? レトルトカレーを温めるのでさえ面倒だと感じる僕にはどうにも理解し難い。

「ねぇ、今の話だと『春巻き』を作るのって凄く手間が掛かるじゃない? それでも作ろうと思うのは何故なの?」
「う〜ん……、好きな人に美味しいって言われる為の手間はね、多分、手間なんかじゃないのよ」

そう言って彼女は少し照れた様に笑った。

それから僕の好きな『春巻き』は、頻繁に僕達の食卓に並ぶ様になったんだ。

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