綴草子〜千夜一夜小噺集〜 これは夢のような現実の話
#創作大賞2023
これは、夢のような現実に起きた話だ
いつものように、一日を終えて、布団に潜り込む。布団の中で、僕は、元彼女となった女性との最後のやりとりを思い出していた。
「貴方は、誰にでも優しい。でもそれは、結果として優しさではないの」
僕の何がいけなかったのだろう? 僕は自問自答する。答えは出ない。
優しくする事が優しくないなんて、どうすれば良いんだろう?
僕は、彼女との別れを惜しんでいるわけではなく、優しくないと言われた事に傷付いている事に気付いた。
僕は、人に優しくするようにして生きてきたはずだ。それなのに、彼女は「優しくない」と言う。
僕は、本当に優しくないのだろうか? 自問自答を繰り返す。
こんこん
何かが、窓をノックするような音がした。
僕は、のそりと布団から出る。窓を見ると、鼠がいた。
「助けておくれ。猫に追いかけられているんだ」
鼠は、僕に懇願する。僕は、窓を開けた。鼠が飛び込んでくる。
「早く窓を閉めておくれ!」
僕が、鍵を閉めた瞬間、猫が窓を横切った。
「助かったよ。ありがとう」
鼠は、ぺこりと頭を下げた。
「良いよ。これくらい」
「君は、優しいね」
鼠は、僕にそう言った。彼女の言葉が脳裏をよぎった。
「優しくないよ。元カノに、優しくないと言われて振られたところなんだ」
僕は、苦笑いをしながら、鼠に打ち明けた。鼠は「ふむふむ」と言いながら、僕の話を聴いてくれた。
「でもそれは、彼女から見ての話だ。少なくとも、今まで優しくされた人間の大半は、君を優しいと認識しているかもしれない」
鼠は、僕にそう告げた。そして、にっこり笑った。
「少なくとも、僕から見ると、君は優しい。君は、彼女の思考に囚われてしまっただけだ。君を優しいと判断するかどうかは、君や君と関わりを持った人間次第だ。君と彼女は、思考の相性が悪かっただけだ。何も気にする必要はない」
鼠はそう言って、毛繕いを始めた。僕は、そんな鼠を見ながら、何かがすとんと落ちた気分になった。
ひたすら毛繕いをしている鼠を見ていると、なんだか自分が優しかろうが優しくなかろうが、どうでも良いような気がしてきた。
「優しいかどうかなんて、人次第だから気にしなくて良いよね」
「そうさ。所詮、皆見ている視点が異なるのだから。気にしていてもキリがない」
鼠は、毛繕いをしながら話す。
「人間は大変だねぇ。皆一緒じゃないといけない所があるんだものね」
僕は、鼠の言葉に、返す言葉がなかった。やっと出た言葉は「ほんとにね」と言う言葉だった。
「僕は、自由気ままに生きている人間の方が、生き生きしているように思うよ」
鼠は、毛繕いをやめて、僕を見た。
「君は、自分の希望する道を歩いているかい?」
鼠の言葉で、僕は目を開けた。僕は、いつの間にか眠り込んでいたらしい。
しかし、不思議だった。僕は、さっきまで鼠と話していたはずだ。あれは、夢だったのだろうか?
コトン
窓の方から音がした。見ると、どんぐりが置いてあった。
「なぜ、どんぐりがこんなところに……?」
そばにどんぐりの木はない。
「ひょっとして、僕は鼠と話していたのだろうか?」
どんぐりを見つめながら、鼠とのやり取りを思い出そうとした。とぎれとぎれの記憶は、鼠の最後の言葉だけ、やけにはっきり覚えていた。
「僕は、自分の希望する道を歩いているだろうか?」
僕は考えた。そして、自分の道を歩くために、パソコンを開いた。
ワードに文字を打ち始める。
『これは、夢のような現実に起きた話だ』
-次は、第十二話 遙かなる約束-
https://note.com/kuromayu_819/n/n33a125461b7b
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?