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綴草子〜千夜一夜小噺集〜 第十一話 これは夢のような現実の話


#創作大賞2023

 これは、夢のような現実に起きた話だ

 いつものように、一日を終えて、布団に潜り込む。布団の中で、僕は、元彼女となった女性との最後のやりとりを思い出していた。

「貴方は、誰にでも優しい。でもそれは、結果として優しさではないの」

 僕の何がいけなかったのだろう? 僕は自問自答する。答えは出ない。
 優しくする事が優しくないなんて、どうすれば良いんだろう?
 僕は、彼女との別れを惜しんでいるわけではなく、優しくないと言われた事に傷付いている事に気付いた。
 僕は、人に優しくするようにして生きてきたはずだ。それなのに、彼女は「優しくない」と言う。
 僕は、本当に優しくないのだろうか? 自問自答を繰り返す。

 こんこん

 何かが、窓をノックするような音がした。
 僕は、のそりと布団から出る。窓を見ると、鼠がいた。

「助けておくれ。猫に追いかけられているんだ」

 鼠は、僕に懇願する。僕は、窓を開けた。鼠が飛び込んでくる。

「早く窓を閉めておくれ!」

 僕が、鍵を閉めた瞬間、猫が窓を横切った。

「助かったよ。ありがとう」

 鼠は、ぺこりと頭を下げた。

「良いよ。これくらい」
「君は、優しいね」

 鼠は、僕にそう言った。彼女の言葉が脳裏をよぎった。

「優しくないよ。元カノに、優しくないと言われて振られたところなんだ」

 僕は、苦笑いをしながら、鼠に打ち明けた。鼠は「ふむふむ」と言いながら、僕の話を聴いてくれた。

「でもそれは、彼女から見ての話だ。少なくとも、今まで優しくされた人間の大半は、君を優しいと認識しているかもしれない」

 鼠は、僕にそう告げた。そして、にっこり笑った。

「少なくとも、僕から見ると、君は優しい。君は、彼女の思考に囚われてしまっただけだ。君を優しいと判断するかどうかは、君や君と関わりを持った人間次第だ。君と彼女は、思考の相性が悪かっただけだ。何も気にする必要はない」

 鼠はそう言って、毛繕いを始めた。僕は、そんな鼠を見ながら、何かがすとんと落ちた気分になった。
 ひたすら毛繕いをしている鼠を見ていると、なんだか自分が優しかろうが優しくなかろうが、どうでも良いような気がしてきた。

「優しいかどうかなんて、人次第だから気にしなくて良いよね」
「そうさ。所詮、皆見ている視点が異なるのだから。気にしていてもキリがない」

 鼠は、毛繕いをしながら話す。

「人間は大変だねぇ。皆一緒じゃないといけない所があるんだものね」

 僕は、鼠の言葉に、返す言葉がなかった。やっと出た言葉は「ほんとにね」と言う言葉だった。

「僕は、自由気ままに生きている人間の方が、生き生きしているように思うよ」

 鼠は、毛繕いをやめて、僕を見た。

「君は、自分の希望する道を歩いているかい?」

 鼠の言葉で、僕は目を開けた。僕は、いつの間にか眠り込んでいたらしい。
 しかし、不思議だった。僕は、さっきまで鼠と話していたはずだ。あれは、夢だったのだろうか?

 コトン

 窓の方から音がした。見ると、どんぐりが置いてあった。

「なぜ、どんぐりがこんなところに……?」

 そばにどんぐりの木はない。

「ひょっとして、僕は鼠と話していたのだろうか?」

 どんぐりを見つめながら、鼠とのやり取りを思い出そうとした。とぎれとぎれの記憶は、鼠の最後の言葉だけ、やけにはっきり覚えていた。

「僕は、自分の希望する道を歩いているだろうか?」

 僕は考えた。そして、自分の道を歩くために、パソコンを開いた。

 ワードに文字を打ち始める。

『これは、夢のような現実に起きた話だ』

-次は、第十二話 遙かなる約束-
https://note.com/kuromayu_819/n/n33a125461b7b

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