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綴草子〜千夜一夜小噺集〜 第九話 コーヒーの苦味


#創作大賞2023

 友が久々に会いに来る。私は、変わり果てた自分の体型を恨めしそうに眺めていた。
 結婚して、子どもを産んで。気付くと、青春時代の面影は、遥か彼方に消え去っていた。

「こんな姿で引かれないかしら……」

 仕事へ行く夫を見送り、子どもを両親に預け、いざ待ち合わせ場所へ。
 彼女は、変わらずモデルのようなスタイルだった。

「久しぶり! 元気にしてた?」

 彼女は、こんなにも体型の変わった私に、一目で気付いてくれた。
 軽くお茶をして、互いの近況を語り合う。彼女は、モデルになって、世界を飛び回っているらしい。
 彼女は、きらきらと輝いている。私は、自分とは違う世界にいる彼女が羨ましくなった。
 そんなこんなで、あっという間にお開きになった。

「またね!」
「うん、またね!」

 彼女は、名残り惜しそうに、別れを告げて颯爽と去って行った。
 私は、彼女をしばらく見送った後、買い物をする為に、近所のスーパーへ向かった。
 いつもの道だった。しかし、その道に見慣れない喫茶店があることに気付いた。

「あんなところに、こんなお店あったっけ?」

 疑問に思いつつも、まるで引き寄せられるように、私はその店の中へ入った。

「いらっしゃいませ」

 端正な顔立ちの男性が、私を出迎えた。

「何になさいますか?」
「あ……。じゃあ、コーヒーのブラックで……」
「かしこまりました」

 私は、辺りを見渡す。モダンな雰囲気の静かな店内だ。客は、私しかいない。

「お待たせ致しました」

 コーヒーの香りが、私の鼻をくすぐる。私は、誰もいないことを良いことに、マスターとおぼしき彼に、今日の出来事を話した。

「私も、彼女みたいに生きてみたいもんです」

 そう言った矢先のことだった。気付くと、私は見知らぬ場所で、レオタード姿で鏡の前に立っていた。

「ほら! 姿勢が乱れていますよ!」

 そばにいた女性に、ぴしゃりと背中を叩かれた。

「いたっ」

 私は、思わず悲鳴を上げる。

「一流のモデルでいたいなら、これくらいで悲鳴を上げるんじゃありません!」

 女性は、またぴしゃりと、今度は言葉を私に投げる。
 私は、訳もわからぬまま、彼女の指示に従うしかなかった。彼女のスパルタ指導は、いつまでも続いた。
 私の足が、言うことを聞かなくなりだした瞬間、私は元のカフェに戻っていた。

「あれ? 私は一体……?」
「如何でしたか? コーヒーの味は」
「え?」
「『彼女』というコーヒーは、少し苦みが強いのですが……。お口に合いましたか?」

 彼の言葉で、背中に冷たいものが通る感覚がした。

「あ……、そろそろ、帰らないと……。マスター、お会計をお願いします」
「かしこまりました」

 私はそう言って、そそくさと店を出た。ふと、思い立って、後ろを振り返った。
 そこにあるのは、さっきまでいたはずの喫茶店ではなく、古いビルだった。
 私は、狐につままれたのかと思う反面、喫茶店での出来事に、うすら寒さを覚えて、買い物もせずに真っ直ぐ子ども達を迎えに行った。
 あの時以来、あの店には出会えていない。しかし、あれから思うことが一つだけある。私は、彼女のような生活はきっとできないだろうとういうことを。

-次は、第十話 優しさの積雪-
https://note.com/kuromayu_819/n/n02acb264b071


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