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綴草子〜千夜一夜小噺集〜 最終話 ゴーグル


#創作大賞2023

「いかがでしたかな?」

 男の言葉にハッとする。いや、男じゃない。この人は、教授だ。そして、師匠だ。
 そっとゴーグルを外す。ぶんっと、ゴーグルに映っていた映像が消えた。ゴーグルの向こうの景色が見えた。

「いかがでしたかな?」

 教授が、もう一度問いかける。そう、このゴーグルの感想を。教授が過去に開発したという、このゴーグルの感想を。
 率直に言って、面白いと思う。人の人生を覗き見しているのだから。教授の話によると、AIがセレクトした人生を見ているらしい。
 でも、引っかかることがある。覗き見た人生は、大半が現実離れしたものだった。本当に、現実にこんなことが起こっているのだろうか?

「教授。この人生の一部は、全部本当に起きているのですか?」

 教授は、ニヤリと笑った。

「本当ですよ。これは、世紀の大発明だと、私は思っています」

 どうにも、納得がいかない。どう考えても、現実的じゃない。でも、教授は自信満々に腕組みをしている。

「なぜ本当だと断言できるか、わかりますかな?」

 不意に、教授が聞いてきた。さっぱりわからない。

「いえ……」
「これは、私が長い年月をかけて設置したカメラが映しているからなのですよ」

 そう言って、教授は研究室の奥のカーテンを開けた。壁いっぱいに、いくつもの画面が表示されている。

「ここの映像は、すべて私が設置したカメラで撮られているものでしてな。これらの映像を、AIに記憶・整理させ、ゴーグルをかけた人間に合わせて、映像を提供するのです」
「こんなにたくさんのカメラをどうやって……」

 教授が、またニヤリと笑う。

「私には、小さなお友達がたくさんおりましてな……。彼らの協力がなければ、できなかった。彼らには、感謝してもしきれませんな」
「小さなお友達?」
「あなたも、見ましたでしょう? 小さなリスとネズミの映像を」
「あ……!」

 自分が映像で見たリスとネズミを思い出す。このカメラには、あんな小さな生き物たちの協力もあったというのか……。

「もちろん、この部屋にもありますぞ」

 そう言って、教授は画面の隅を指さす。よくよく見ると、カメラがついている。自分も撮られている。
 そして、この様子が誰かに見られている。この映像を見ているあなたならわかるだろう。これは、現実なのだということを。
 あなたに一つ注意しておく。これを見ているあなたも、実はどこかから撮られている。ほとんど目に見えない場所に、カメラは設置されている。
 いや、もうこのゴーグルをかけている時点で、手遅れだろう。あなたも、未来永劫、誰かに人生の一部を見られ続けるのだ。
 せめて、僕を見てくれた君にデータの消し方を……。

「いかがでしたかな? このゴーグルは、人の人生の一部が見られるのです。不思議なゴーグルでしょう?」

-終-

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