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綴草子〜第十六話 世界の空〜


#創作大賞2023

 飛行機が空を駆ける。俺はそれを見上げた。

「さあ、これが世界の空だぞ。見えてるか?」

***

 彼女との出会いは、病院だった。俺は、サッカーの練習中に骨折をして入院する羽目になったのだ。
 彼女は、物静かな子だった。俺と正反対だった。
 俺は、すぐに暗くなる病室を明るくしたくて、ずっと話していた。彼女は、たまにクスリと笑ってくれた。

「なぁなぁ、お前にも夢ってある? 俺はサッカー選手なんだ! でも、みんな笑うんだぜ? 酷いだろ? 俺は、絶対サッカー選手になって、世界で活躍してやるんだ!」

 俺は、胸を張ってみせた。彼女は、いつものようにクスリと笑って答えた。

「素敵な夢ね。私はね、いつか世界を旅したいの。でも、私の病気は、二十歳まで生きていること自体が難しいらしいの」

 彼女は、少し寂しげに窓の外を見た。
 俺は、彼女をなんとかしたくて、必死に話した。

「じゃあさ! 俺が、いつか本当にサッカー選手になって、海外に連れて行ってやるよ! だから、踏ん張って長生きしろよ! それから……」

 そう言って、俺は自分の住所と電話番号を書いたメモを渡した。

「これで、文通しよう! そしたら、俺がサッカー選手になっても、いつでも連絡取れるだろ!?」

 彼女は、にっこり笑った。
 それからは、来る日も来る日も、彼女が本で見た世界の話を聞いた。話している時の彼女は、なんだか普段よりも元気に見えた。
 そんなある日、俺が退院することになった。

「今までありがとう」

 彼女は、寂しげに笑った。

「何言ってるんだよ。手紙、絶対返せよ! 」
「うん」

 それからは、サッカーの猛練習の日々だった。彼女との約束を果たすことが、俺の目標になっていた。
 そんな中でも、手紙だけは欠かさず書いた。サッカーの練習がキツいこと、レギュラーになったこと、サッカーの強豪校に入学したこと、海外留学することになったこと。
 彼女は、書く時に手が震えるのか、少しガタガタした字体で、でも一生懸命に返事を書いてくれた。
 ある日、ちょうど帰宅したタイミングで家の電話が鳴った。嫌な予感がした。

「お世話になっております。雄太さんはいらっしゃいますでしょうか?」
「俺ですけど……」
「わたくし、叶奈の母です。いつもお手紙をいただきありがとうございます」
「いえ、こちらこそ、いつもしんどいだろうに、返事ありがとうございます」
「実は、叶奈が本日息を引き取りまして……」

 その後の言葉は、よくわからなかった。ただ、通夜と葬式に行かないといけないことだけは、なんとか理解した。
 通夜の記憶は、正直ない。ただ、彼女は眠るように棺に入っていた。

「雄太さん」

 葬儀が済んで、出棺する時のことだった。彼女の母親に声をかけられた。

「あ、このたびはお悔やみ申し上げます」
「ありがとうございます。実は、叶奈からこの手紙を預かっておりまして……。それから、雄太さんさえ良ければ、分骨して、雄太さんと旅がしたいと言われておりまして……もしよろしければ、一緒に火葬に来ていただき、分骨させていただけませんか?」

 俺は、少し迷った。いくら文通していたと言え、赤の他人だ。そこまで俺が介入しても良いのか? しかし、彼女が世界を旅したい気持ちは、出会ったあの頃から変わらなかった。

「わかりました。俺で良ければ、一緒に旅をさせてもらいます」

 俺の言葉に、彼女の母親は涙を流しながら礼を言った。
 火葬は、あっという間だった。火葬場のスタッフから、骨の部位の説明を受けて、各々骨壺にお骨を入れていった。そして、俺も分骨用の小さな骨壺にお骨を入れた。

「どうぞ、叶奈をよろしくお願いします」

 彼女の母親が、頭を下げた。

「必ず、彼女を世界に連れて行きます」

 俺は、あれから海外留学の準備に追われた。気付くと、彼女の初七日は過ぎていた。
 海外留学に行く当日。空は、綺麗に晴れていた。
 飛行機に乗って、窓の外を見る。飛行機は、どんどん地面を離れていく。
 行き先はドイツ。偶然にも、彼女が行きたい国の一つだった。
 寝たり、読書したりしているうちに、ドイツに着いていたらしい。気づくと、飛行機は着陸しようとしていた。
 少し揺れながら、飛行機が着陸した。
 飛行機から降りる。空港を出ると、綺麗な青空が広がっていた。
 俺は、リュックからお骨の入ったケースを取り出して空に掲げた。

「見えるか? これがドイツの空だ。お前が来たかったドイツの空だぞ」

 突然、ざあっと風が吹いた。

「うわっ」

 咄嗟にお骨を守ろうとした。

「ありがとう」

 いつか聞いた、彼女の声が聞こえた気がした。
 飛行機が空を駆ける。俺はそれを見上げた。

「さあ、これが世界の空だぞ。見えてるか?」

 彼女からの返事はなかった。

-次は、第十七話 アリの隊列-
https://note.com/kuromayu_819/n/nf7e4f8415e20

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