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綴草子〜千夜一夜小噺集〜 第十四話 海辺の不思議


#創作大賞2023

 これは、不思議な不思議な話。

「ねぇ、神様って信じる?」

 僕は、君に問いかけた。潮風に靡く彼女の髪が、柳が揺れるようにも思える。

「どうだろうね。でも、奇跡はあると、信じているよ」

 彼女は、にこりと頷く。さらりと髪が揺れる。潮風の匂いが鼻をくすぐる。
 僕と彼女の出会いは、いつだっただろうか? 海辺に行くと、いつの間にか彼女がそばにいた。

「君との出会いって、いつだったっけ?」
「さぁ……。でも、どうでもいいんじゃない? 大切なのは、今よ」
「そっか」

 僕は、遠い記憶を辿る。そう言えば、ある日怪我をした子猫を拾ったことがあったっけ。
 あの時は、お母さんにこっぴどく叱られつつも、結局は飼うことを許してくれたっけ。
 あれから、彼女はあっという間に大人になり、あっという間に年老いていった。猫の寿命は短い。
 それでも、彼女は長く生きてくれた。二十歳は、猫にしてはかなりの長生きだ。彼女は、最後まで頑張ってそばにいてくれた。
 それでもやっぱり悲しくて。ぼんやり海辺でたそがれていた時に、僕は彼女に出会った。

「君は、僕の気持ちを受け止めてくれたよね。今でも、感謝している。ありがとう」

 彼女は、寂しげに笑った。

「いいの。私にできるのは、あれくらいだから」
「さて、もう帰らなくちゃ。お母さんが、待っているから……」
「そっか……。じゃあ、さよならだね。私、もうここには来られないの。だから、さよなら」
「え……? そんな……」

 彼女は、また寂しげに笑った。懐かしい気がした。

「でもきっと、またどこかで会えるかもしれないわ。その時は、声をかけてね! じゃあ、さようなら!」

 彼女は、振り返らずに駆け出した。

「あ、待ってよ!」

 ちりんっ

 一瞬懐かしい鈴の音が聞こえた。聞こえるはずのない音が。
 そして彼女は、あっという間に見えなくなった。猫みたいに早かった。

「彼女は、一体……」

 そして、今更のように気づいた。僕は、彼女のことを何も知らないということを。

-次は、第十五話 2つの夢-
https://note.com/kuromayu_819/n/n6b92642763b1

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