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制作とは自分自身との戦い…?

新たにマンガを描いてみようとあれこれと話を考え、少しずつ描いていたので、しばらく更新が途絶えてしまいました。
せっかくですので、今回は制作について少しだけ書いてみようと思います。

制作中のマンガ

そもそも私は商業作家でもなんでもないので、制作について語る資格があるのか分かりませんが、思いつくままに書いてみます。

ものづくりでは、上流から下流という分け方があると思います。業界によって分け方に多少の差はあるかと思いますが、おおまかに企画・開発・設計等を上流、生産・販売を下流という感じでしょうか。これをマンガに置き換えるのなら、企画・脚本・ネーム等が上流で作画・文字入れ等が下流になるのでしょうか。

マンガを1人で描いていると、上記のような上流と下流の作業を全てやらねばならなくなります。骨が折れる…と思いきや意外と楽しかったりします。

まず話の流れやキャラクターについてあれこれと考えて話を膨らませていく過程。一般にはこれを妄想と呼ぶのでしょうし、私自身もこの言葉がぴったりきます。
妄想は、何の障害もなく自由に飛び回れる。素敵なひとときです。

さて私も大満足になり、いざコマ割りをして書き進めていくと妄想で作ったストーリーに矛盾が生じていたり、リズムが悪いことに気づきます。
この矛盾やリズムを正していく。
これにはものすごい労力が掛かります。

数分で解決できるものもあれば、堂々巡りに陥ることもあります。
鬱々とした日々が続きますが、それでも、これを解決できる瞬間はやっぱり堪らなく嬉しくなります。
呪縛から解き放たれるというか、開放感がとても良いです。

しかし、また書き進めていくと再びストーリー等に問題が生じていることに気づきます。そして再び、鬱々とした日々に…。

制作とは、ほとんどこの繰り返しであると私は感じます。何かしらの組織に入っていれば、手助けもあると思いますが、どこにも入っていない私はたった一人の戦いになってしまいます。

そうした戦いの果てに完成がやってきます。完成する時はやっと終わったって感じがします。好きで始めたのに、最後はやっと終わったって思うなんて、なんとも不思議です。

制作についてもう一つ思っていることがあります。
読んだその後に思わず自分自身が変わってしまうような、そんな作品を作りたいなと常々思い、制作に励んでいます。
自分の好きな作品にそのような作品が多いからかも知れません。

こうした生き方をしたい。
周りの人を大切にしたい。

そう思ってくれただけで私は大変嬉しく思います。

自分の作るものに、そうした力が宿っておりますように。

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