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子宮の詩が聴こえない3-⑩


⑨を読む)(第1章から読む

■| 第3章 謀略の収束
⑩「炎上」


フロアに横たわる未久を見て、まさみは「お姉ちゃん!」と叫び、取り乱しながら駆け寄った。
意識があることを確認すると、急いで手足のガムテープをはがしていきながらわんわん泣き崩れた。

未久は「よかった。来てくれて。何もされてないからね」とまさみを安心させると、
「まあ、コイツなんかに私を殺す根性があるとは思えないけど」
そう言って番長あきを睨みつけた。

ミジンコ社の錦野に切り捨てられ、相棒のラッキー祝い子に逃げられ、スイートルームに取り残されて追及を受ける番長に、やれることは残っていない。
宮殿の外では、通報したワタルと亜友美が警察の到着を待っている。

番長は正気の失われた顔で立ち尽くしたまま小さく呟いた。
「まさみ……。お姉ちゃん……? そういうことだったの……」

誠二は怒りをあらわにし、指をさしながら番長に近寄る。
「とうとう一線を越えたな。すぐに警察が来るからそこを動くな」
番長はぼうっとした顔で尋ねた。
「あなたは?」
誠二が「黒田まさみの夫だ」と乱暴に告げる。
「そう。初めまして美女ブロガーの夫さん」

番長は静かに挨拶をするように小首をかしげた。
するとすぐ、近くに置いてあった大きなガラス製の灰皿を両手で持った。
そのまま頭上に振りかぶり、勢いよくテーブルにたたきつけた。

「危ない!」
誠二たちがそう言って身を守ると同時に、番長はガラスの破片が四方八方に飛び散ったテーブルの上に、土足のままドンと音を立ててのぼった。

三人を見下すようにして叫ぶ。
「警察でもなんでも呼んでみな! 私はやりたいようにやる。誰にも止められないわ!」

まさみに支えられる未久が呆れるように言った。
「ついに狂ったのね。いい? あんたは今から捕まるの。私を拉致監禁した罪。現実を見つめなさい。本当なら子宮の詩を聴いて伝えるなんてクソくだらない霊感商法で捕まるべきだけどね」

番長はその挑発にも動じず、思うままに大声を張る。
「あなたを私が拉致したって証拠はないわ。気付いたらここに運ばれてきていたのよ。たまたま見つけただけで何も知らないわ」
「この卑怯者が……」
未久がそう言うと、誠二も再び言った。
「あんたのことは色々とみっちり調べてもらうよ。もう逃げられない」

それを聞いても平然としている番長。
「私は自分の子宮の詩を聴いて行動してきただけよ。自分がいつだって一番正しいの」
誠二は無駄だと分かっていても忠告せずにはいられなかった。
「あんた、この期に及んでそうやって現実から逃げてどうすんだよ!」

冷たい目をしたまま不気味に笑う番長。明らかに常軌を逸し始めている。
姉を支えるまさみは、あまりの惨状に耐え切れない。
自分はなぜこんな狂った人物を敬ってしまっていたのだろうか。そんな情けなさもあった。
だが、涙を拭いながら必死に伝えようとする。
「あきちゃん、あなたはいま誰がどう見ても間違ってるよ……」

ニヤリと笑い、自分の下腹にすっと両手を置いて番長は言った。
「間違っているとか正しいとかないんだよ。いつだって自分が……」
一瞬、声に覇気がなくなりそうになったが、無理に自らを奮い立たせるように続ける。

「そう、いつだってこの子宮という魂の器から詩が美しい聴こえてくる。自分が一番の神なんだ。だから何をして何を言われたとしてもそれが一番正しい道。必然だ、ってね。何も間違っていない。何が起きても何を起こしても。この状況だって、100人のうち99人が間違っていると言っても私が正しいと思えばそれでいい。だから、それが真理なのよ」

誠二は番長に向けてなおも声を張り上げた。
「何を言っているかさっぱり分からん。あんたはそうやって子宮からどうだのスピリチュアルを都合よく使って、社会と逸脱した道を進んできた。誰も止めなかった。だから今も取り返しがつかなくなっている」
未久も続ける。
「さっきモニターに映ったのはミジンコブログの幹部でしょう。何か指示をされたんだ。自分が操られて、騙されて切り捨てられたことすら分からずにワケの分からないポエムで辻褄を合わせて。善悪の判断すらつかない。終わってるわ」

テーブルに立ったまま、首の骨をコキコキと鳴らす番長。
「……他人にジャッジされる筋合いはないわ。私は誰にも裁かれない」
そう言って、タバコを取り出し一服すると、吐いた煙の後ろで不敵に口角を上げる。
もう一方の手で足元のガラス片をつかみ、顔の前で手のひらが切れるかどうかを楽しむかのように、じゃらじゃらと音を立てて握る遊びに没頭し始めた。
その行動のあまりの不気味さに、誠二たちも言葉を失ってしまった。

うつむく「元信者」に向け、番長は尋ねた。
「まさみちゃん、あなたなら分かるはず。子宮の詩を聴いたわね。自由に、やりたいようにって。今はどんな詩が聴こえているかしら。私を恨んでいる?」

まさみは素直に、これまでずっとインプットしてきた子宮の詩を詠む会の教えを不思議と思い返しながら言った。
「……あの時の私は、やっぱり違うよ。そんなもの聴こえないのよ、あきちゃん。自分のやりたいようにやるのは悪いことじゃない。自由にしたいって思うのも。でも、そう聴こえたからだなんて、言い訳みたいに肯定しないといけないのなら、きっとそれは違う。ましてやこうして人に危害を加えるなんて……」

誠二はその応答を噛み締める。これは妻の決意表明だ。
改めてきっぱりと、まさみはカルト的な思考と手を切った。自分の意志で。何度でもその確認ができることに安堵していた。

冷たい目をした番長は、持っていたガラス片をつまらなそうにガシャンとその場に投げ捨てた。
手のひらを自分の頬でこすると、遠目でも分かるほどの鮮血がついた。

落ち着いたように、片足ずつテーブルから降りる。そのまま向かった部屋の隅には、弥生祭で使っていたと見られる小道具や荷物が雑に重ねられてあった。

誠二はそれらを投げられることを警戒し、まさみと未久に距離をとるよう促す。そして番長に逃げられないようにドアの位置だけを確認した。

だが、番長は何もせず三人に背を向けたまま。荷物から無作為に取り出した白装束やドレスを重ね着するように羽織りながら、ぽつぽつと呟き始めた。
「もういい。全部台無しよ。せっかくこの島を盛り上げようと思ったのに。こんな宮殿まで建てたのに。これで終わりよ」

「いや、逃げずに罪を償えよ。やってきたことが何であれ大勢に慕われていたんだろ。やりたい放題やって逃げるなんて無責任……」
誠二のその言葉を、番長は「でもね!」と大声でかき消す。

「でも最後にね、あなた達に呪いをかけることにする。私の魂はまた必ずこの場所に再び戻って来るわ。たとえ私が消えても。これから先もずっと。子宮の詩がずっとあなた達にまとわりつくようになるから」

未久がたまらずツッコミを入れた。
「な、なんなんだよそのオカルト展開は! 子宮の詩の概念すらまるで変わってきてるじゃんか! 全部が全部、雑なんだよ!」

それを聞いてか聞かずか、番長はライターに着火してその場にしゃがみ、重ねられた荷物を何か所も燃やし始めた。
何も分からない子どもが初めての火遊びでもするかのように、顔が赤く照らされたことにやや笑って。

「何してんだ! やめろ!!」
慌てた誠二が靴を脱いで手に持って駆け寄り、火のついた場所を必死で叩き消そうとする。

しかし番長が荷物の中から取り出した瓶詰めのアロマのような油を振りまくと、炎は一気に広がった。
安っぽい舞台衣装や段ボール箱に燃え広がり、誠二は慌てて避ける。もはや手作業ではどうにもできない。

番長はその状況を気にする様子もなく、うつろな表情でふらつきながら部屋の奥へと引っ込んだ。

カーテンや壁紙にも燃え移りはじめていた。
急いで走って部屋を出て消火器を探し回る未久。
「報知器すらも鳴らない! 完全に違法じゃないの!」
「お姉ちゃん!多分ないよ! この宮殿はデタラメなんだよ!」
まさみも部屋の中を探しながら叫ぶ。
「もう無理だよ誠二くん! 逃げなきゃ!」
廊下からの未久のその声を聞いた誠二は、まさみの手を引いてドアへと走った。

だが、まさみはそこで、ためらう。
「……あきちゃんが!」
誠二はまさみを引っ張ってドアまで誘導し、強引に背を押して未久の所に走らせた。

「未久さんと先に行け! 早く!走れ!」


黒煙が立ちこめ、スイートルームの天井に炎の影が揺れる。
誠二は冷静に火のついた場所を避けながら、部屋の奥にいる番長の所まで最短距離で駆け寄った。

膝を抱えてしゃがみ込む背中を叩き、起こそうとする。
「早く来い!」
怒鳴っても自ら動こうとしない。
「おい! 焼け死ぬぞ! お前こんな終わり方でいいのか! 急げ!!」

誠二に腕を掴まれると、ようやく大げさに背をピンと伸ばし、無表情のまま番長はさっと立ち上がる。
素直に応じるように見えた。

が、しかし、番長はそのまま誠二に勢いよく飛び掛かってぶつかった。
抱き着くようにして両腕両足で絡みついたのだ。

「なっ、何してんだお前! おい!!」
固くしがみつき、にやりと笑って顔を上げた番長。
二人の目が合った。

「……あなた、よく見るといい男ね。確かにこんな最期では寂しいなって思ってた。このまま一緒にいてくれるなんてありがたいことだわ」

ふりほどくか、引きずっていくしかない。だが焦りもあってその判断は即座にできず、予想外に番長の力も強い。
「この……大バカヤローが!」
「アハハハハハ! 来世でもこのまま二人は強く結ばれるかもね。子宮からもそんな詩が聴こえるわ!」

周りを黒煙が包んでいく。
部屋の中の様子はもう完全に見えない。


少しずつ煙が出始める子宮宮殿の玄関。
口を押さえた未久とまさみが駆け出した。
ワタルや亜友美、島民たちに救護されながら建物から離され、二人はその場にへたり込んだ。

そこでまさみは自分の言動を悔いた。だが、もう遅い。番長を気にする素振りをしてしまったことで、夫は出てこない。

しばらく地面に突っ伏した後、見開いたままの瞳からボロボロと涙が溢れる。
「ああああ……! 私のせいで!誠二くんが…!」
頭を抱えて半狂乱に陥るまさみを未久が呼吸を整えながら支えている。
「……判断を誤る人じゃない。きっとすぐに来るから」


すぐに警察が到着し、消防車のサイレンも周囲に響き渡った。


― 最終話へ続く ―

(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)

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