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子宮の詩が聴こえない3-⑪(完)

⑩を読む)(第1章から読む


■| 最終話


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O県旅行も三日目だ。

祖父母の家に泊まることを条件に、子どもだけの旅を許された。
高校卒業の記念、そして研究活動の締めとして。

部員三人のカルト研究愛好会。私と、親友の菊池ミミ、男子部員で部長の鈴木ハジメ。
それに今回は、一つ年上で従姉妹の大学生マユねえが引率役でついて来てくれた。
いよいよ、四人での旅のメイン。「女神伝説」の島に着いた。

ここ十数年で全国有数の美しい観光地として名を上げ、深刻な過疎化から脱した華襟島。
15年前、島がスピリチュアル団体に乗っ取られる危機があり、施設が燃やされたことは大ニュースになった。

「あれだ。宮殿、やっぱり写真で見るよりも迫力あるなあ」
ハジメはパンフレットを手に興奮気味に言った。

火災によって半壊した「子宮宮殿」と呼ばれる建物。
今は廃墟となって、島民は寄り付かないが、頻繁にメディアにも登場する。
取り壊さず当時の形のまま残しているのは「島の教訓として遺しておく」という山本町長の意向が大きいらしい。

「すごい雰囲気。さすが有名な心霊スポットね」
ミミはそう言いながら興奮気味にカメラのシャッターを押す。
「さすがに入るのはダメよ。ちょっと周囲を散策するだけにしよう」
引率のマユねえには逆らえない。


でも、私はどうしても宮殿の中に入ってみたかった。そこで何か感じられるものもあるはずだと思った。

弥生神社の付近を散策する途中、トイレを探すと言って三人から離れ、廃墟の入り口まで近付いてみた。

「やっぱり、誰かに呼ばれている気がするんだよな……」
自分でそう呟いてみて、恥ずかしくなるけど、言い訳の代わり。

「立ち入り禁止」の張り紙はくすみ、規制する鉄の鎖も錆びてすっかり垂れて、役目を果たさなくなっていた。
好奇心が勝って乗り越え、ついに足を踏み入れた。

内部の壁にはスプレーの落書き。忍び込んで宴会でもしたのであろう、空き缶やタバコの吸い殻などが落ちている。
一階ロビー跡にある傾いたショップの看板を見て、家にあった古い雑誌で読んだ記憶を辿る。

「子宮グッズの店? そう、『子宮の詩を詠む会』だ。あの危ないカルト団体……。すごいな」

所々が焼け焦げた階段を上がってみると、壁が壊れてむき出しになった広い部屋があった。
損傷が激しく、出火元らしい。

薄暗いけれど、少し崩れた天井から明かりは入ってくる。
造形はすっかり崩れている場所に、まるで聖地のような光が注いでいた。
不気味な雰囲気だけど、ひんやりとした澄んだ空気が流れているようにも感じる。


ふと、人の気配がして振り返った。

「幽霊……? まさか」
ガシャ…ガシャ…と瓦礫を踏む音がする。
はっきりとその姿が見えた。

白い服を着た女性だ。じっとこちらを見ながら近付いてくる。

「あの、すみません、勝手に入ってしまって」
そう言うと女性は笑って言った。
「……ようこそ。いらっしゃい」

掃除の人だろうか。それにしては不思議な服装だ。まるで白装束のよう。
何かこの建物の詳しいことが聞けるチャンスかもしれない。
「あの、私、東京から来ました。ここが色々あった場所だって聞いて、その……」
「ええ、確かに色々あったわね。フフフ」
「もしかしてここを管理している方ですか?」

「いいえ、ここの持ち主よ」

女性はコゲついて崩れた壁の瓦礫の上に腰かけると、私をじっと見据え、静かに言った。
「まあ、ゆっくりして行きなさい。ここにあなたを呼んだのは私よ」

驚いた。確かに誰かに呼ばれた気がしてここに入った。恐ろしいはずだったが、なんだかワクワクもしている。
ほほ笑むその女性と目が合って、
「お名前を聞いてもいいかしら?」
そう聞かれた。

「黒田マコといいます」

私の名を聞くと、女性は笑った。
「お父さんによく似てるわ。美人のお母さんには残念ながら似なかったのね。フフフ」
「うちの親のお知り合いなんですか?」
ちょっと気にしていることを言われてムッとしたけれど、やっぱり不思議な人だ。

そんなことを思っていると、「マコ? いるの?」と声が聞こえてきた。
マユねえが現われて、すぐに私を叱った。

「もう! 入るなって言ったのになんで入るのよ! 危ないし、探したじゃない!」
「ごめん、でもどうしても中を見たくて……」

怒りつつも、女性の姿に気付いたマユねえは「あ、すみません。すぐに帰りますから」と愛想笑いをした。

「あなたは前田さんね。強気な記者のお母さん、お元気かしら」

それを聞いたマユねえはギョッとした表情で返す。
「もしかして番長あき……さん?」

15年前にこの島を乗っ取りかけたカルト団体の教祖だ。
子宮宮殿の放火犯として全国に指名手配されているはず。まさか。

「そうよ。私はあなた達二人をずっと待っていた。必ずここで会えるはずってね」

私たちは顔を見合わせた。夢でも見ているみたいだ。

大学の新聞部に入っているマユねえは、未久おばさんと同じで記者を目指していて、私たちのカルト研究にもよくアドバイスをくれる。
だから番長あきと子宮の詩を詠む会については私以上に詳しい。

「あの、お母さんに記事や写真を見せてもらって、色々聞きました。あなたが、捕まっていないことも」
そう言ってそのまますぐに私に小声で耳打ちした。
「ほら、マコが卒業記念の動画にしたいって言うから……」

番長はなぜか嬉しそうだ。
「アハハハ。もう時効よね」
マユねえはなおも恐る恐る尋ねた。
「ここに、火をつけたって……」

すると番長は、手を叩いて大声ではしゃいだ。
「そうそう、その通り。マコちゃんのお父さんとはこの場所で一緒に焼け死ぬつもりだったの。アッハッハ!」

父からこの島の話を聞いたことはなかった。スピリチュアル団体や、ましてや番長との関係のことなんて。

「父と、何をしていたんですか?」
「ん。邪魔をされたのよ。それで、自暴自棄になって火をつけて、死のうって。でもあなたのお父さんは私を助け出そうとしてくれたのよね。私は拒んで」
「それ本当ですか……?」

父の体に何か所も火傷があるのは確かだ。

「火が回る中を諦めずに、わめく私を必死で引きずって外に出てさ。まあ私は助け出された感じね」

また不思議そうにマユねえが聞いた。
「助け出されて、どうして捕まらなかったんですか? 放火したんですよね……」
番長はちょっと考えてから応える。
「病院に搬送されてまず治療を受けたわ。それでいよいよ逮捕って時に、私だけ大きな力で別の場所に移されて。……そのへんは大人の事情もあるの」

マユねえは記者を目指すだけあって、どんどん斬り込んでいく。
「それは、反社会的組織みたいな感じのものですか?」
番長はうつむきながら不気味に笑っている。
「まあ、そんなもんよ。でも、結局最後はやっぱり一人残らず消されちゃったわね。無念だわ。ウフフ……」

要領を得ない不思議なやりとりだ。
そして、容姿もしぐさも、どうも年齢を感じさせない。
この人が本当に番長あきなら、50歳のはずだ。年齢よりかなり若く見える。まるで30代ぐらいに。

「二人とも本当によく来てくれたわ。これで、ようやく私の力を証明できた。私には霊能力があって、子宮の詩を聴いているのよ。昔からずっとね。そしてそれを疑う人達と戦ったわ」

私も意を決して尋ねてみた。
「あの、本当にそんな力があるんですか。そういうの全く信じられなくて」
マユねえは恐れたように「やめときなって。もう帰ろうよ……」と小さく言った。

「そんなに疑うなら、子宮の詩を聴いてあげましょうかマコちゃん。あなたのお母さんは聴いたことがあるのよ」
「え、はい……」
ドキドキしていた。母も聴いたなんて。子宮なんか意識したこともない。

何十秒か静かに目を閉じ、番長は言った。
「もっと愛されたかった……。正論ばかりのお父さんに、身勝手なお母さんに。あなたの子宮からはそう聴こえるわ」
そのままクスクスと笑った。

なんだか馬鹿にされたようだ。つい言い返してしまった。
「違うと思います……。愛されたかどうかなんてあまり考えたこともなかったぐらいの、普通の家ですよ。しかも自分のそういう気持ちって、誰かに促されて聴こえるようなものではないんじゃないかな。自分が一番よく分かっているはずだし」

番長はまだニヤニヤしている。
「若者には分からないかもしれない。でもね、大人になったあなたは必ず何かに躓くはず。悩みのない女性なんていない。その時は私のことを思い出すといいわ。必ず聴こえてくるはずよ」

なぜそんなことを言えるのだろう。
「子宮ってただの臓器ですよ。なんかそういうの、違うと思う。本当に聴こえているんですか?」
マユねえは焦って「ちょっと…」と私を抑えようとしてきた。

すると番長は無表情になって立ち上がった。
「……もう行くわ。会えてよかった」

私たちが黙っている横をすっと通り過ぎる。
さっきまでとは雰囲気も変わって、どこか弱々しく、ゆっくりフラフラと歩いて去っていった。
なぜか私たちは動けずに呆然と見送った。しばらくしてから廊下に出た番長を追って探すと、その姿はどこにもなかった。

なんて体験だろう。
この廃墟が見せた、幻だったのだろうか。
私はちょっと興奮して興味深かったけれど、マユねえがずっと青ざめた顔をしているのが面白い。

「マユねえ、あれ番長の亡霊だったんじゃないのかな」
「ん。考えたくない……。鳥肌もんよ。この出来事はヤバすぎるわ」
「どうする? 未久おばさんに言う?」
「無理無理。お母さん、番長あきのこと聞くと恐い時あるし、スピリチュアルとか霊とか大嫌いだもん。あんたが誠二おじさんに言いなよ。まさみおばさんにも。華襟島で何かあったのって聞いてみてよ」

誰かに話しても妄想し過ぎたのだと言われるかもしれない。
でも私は家に帰ったらちゃんと話して、笑ってもらおうと思う。

いつも私の話を聞いてどんなことも尊重してくれる父と、とても優しくて家族思いの母に。

― 子宮の詩が聴こえない (終)―


(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)


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