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子宮の詩が聴こえない3-⑨


⑧を読む)(第1章から読む

■| 第3章 謀略の収束
⑨「切り捨てる」


2時間ほど経って、未久が目覚めたのは子宮宮殿のスイートルームだ。
すぐに手足をガムテープできつく拘束されていることに気付いた。

床に転がされ、身動きができないその女性記者を見下すように、番長あきが顔を覗き込む。
「起きた? 初めまして。首都新聞の前田さん。もう私たちの記事は書いたの?」

意識が朦朧としている未久が必死で番長を睨みつけて声を出す。
「こ、このスピリチュアル詐欺集団……!」
「ずいぶんと人聞きの悪いことを言うじゃないの。くだらない悪口言ってると訴えるわよ!」
「こんな暴挙を棚に上げて何を訴えるの! 犯罪よ! 絶対に許さないから!」

するとラッキー祝い子が近寄り、未久の胸倉を掴んだ。
顔を正面から見据えている。
「あんたのせいなのよね? 早池町長も捕まったし、たぶん弥生祭のことも悪く書くつもりなんよね? マジでそういうのやめてくれない? 暇なの?」
無理に体を起こされて苦しむ未久は、表情を歪めながらもなお抵抗してバタバタと暴れる。
「黙れ!こんな暴力に屈するか!」

タバコを吸いながら未久から離れた番長は、ソファーに座って足を組んだ。
「あまり激しく動かない方がいいわ。海外の特殊な麻酔をかがせて眠らせていたから、危ないわよ」
「なんでそんなもんお前らが持ってんだ! 私を殺す気? 今すぐやってみなさい!」
「まあ殺すまでは……。記事にするのを諦めてもらわないと」

それを聞いた未久は、少しおかしな雰囲気を感じ、這いつくばったまま困惑の表情を浮かべる。
「……? ちょ、ちょっと待ちなよ。まさか私が諦めるとでも? どうするつもりだったわけ? 殺さないならなんでこんなことするの?」

未久がそのままラッキーの顔を見ると、やや落ち着きのない様子。
番長も必死に平静を装って、組んだ足をせわしなくブラブラと動かしつつ曖昧に応えた。
「……どうするって、まあ。これからどうにかなるとしか」

そっぽを向きながら気まずそうに言ったのを聞き、未久は呆れた。
「い、いやいやいや、なんて浅はかな! 拷問して黙らせるとか、洗脳するとか、殺して埋めるとか普通いろいろあるだろ!」
「まあ、その気になれば……」
「そんな度胸もねえのにさらったのか! 記者だぞこっちは! 捜索が始まるに決まってる! ちょっとシリアスな展開になったと思ったらマジのバカなのかお前ら!」

未久の挑発に、何も言い返せない番長とラッキー。
それもそのはず、ただ言われるがまま記者を捕まえただけ。錦野の指示通り動けば、あとは何とかしてくれるだろうという行き当たりばったりの行動なのだ。

「もう、コイツうるさいからガムテで口もふさごうよ」
馬乗りになって体を掴むラッキーに対して未久は激しく抵抗した。
拘束された状態でも激しく暴れ、反動でそのまま立ち上がろうとする。ラッキーがそれを押し付け罵倒する。
「このマスゴミのアマが……!」
「おめえもアマだろうがこのスピ詐欺の馬鹿アマ!」
不自由な状態でも未久のほうが力強い。体幹だけでぐいんぐいんと動いて抗う。

わちゃわちゃしていると、番長がテーブルの上に置かれた端末を操作し、画面には男の姿が映し出された。
そこに向かって番長が「聞こえますかー」と優しく語ると、「はい聞こえていますよ」と穏やかな低音が返ってきた。

画面を向けられたラッキーは、暴れる未久を膝で抑えながら手を振った。
「おーい、錦野さーん! 元気ー?」
のんきに声を掛けられた錦野は、ミジンコブログ社の個室でソファーに腰かけ、笑いながら答える。
「やあラッキーちゃん。調子はどうだい」
「見て見て! 記者捕まえたよー!」

押さえ付けられた未久が顔を上げ、オンライン会議らしき画面を睨みつける。
「誰よあんた! ミジンコブログのこいつらのボスか!」
錦野は頬杖をついて笑った。
「ははは。それ何してるの? 新しいスピリチュアル・セッションの練習かい?」

それは自分の指令で記者を拉致したことを感じさせないための詭弁だ。
番長たちはそれを聞いても慌てない。何かの策だと思って空気を読んでいる。それだけ錦野を信頼しているのだ。
ラッキーが笑った。
「さすが錦野さん、察しがいいね!」

しかし、その錦野は番長とラッキーを切り捨てるつもりでいる。「自分の指示で記者を捕まえさせた」との言質はこの場では絶対にとられるつもりはない。

未久が上半身だけ起こしながら叫ぶ。
「誰だっていいわ! 私は首都新聞社会部の前田未久。拉致されて暴行を受けているのよ! 通報して、早く!」

番長が画面をさっと未久からそらした。
「錯乱しているようですね。さて、錦野さん。本当にセッションでなくて拉致をしたとしたら、私たちはこの後どうしたらいい?」
やや演技がかって尋ねた。それに錦野は応じる。
「そうだなあ。何か理由があって暴行しているんだろうな。怖い組織だからな子宮の詩を詠む会は。もしかして渡しておいた中国の麻酔薬が役に立ったのかな」
「うふふふ、そうかも」
「しかし……首都新聞の記者と言ったね。私が想定していたメディアとは全然違う」

それを聞いた瞬間、上機嫌だった番長とラッキーの顔色が変わった。
「え!違うの!? じゃあこいつは何??」
慌てるラッキーは未久の背中を何度もバンバンと叩く。
未久は「いてえなブス!やめろ!」と言いながらまだ激しく抵抗している。

番長はうろたえた。
「ちょ、ちょっとどういうこと? 錦野さんが想定していたのはどこの記者なの?」

未久はほぼすべてを察し、画面の向こうの錦野に声を上げた。
「週刊リアルだろ!あいにくだったね! もう記事は出るんだ!うちも出す!お前ら全員これで終わりよ!」

確かに錦野にとって首都新聞の記者が入っていることは想定外だった。
交友関係もあって、その気になれば握りつぶせる週刊誌より、大手メディアの方が手ごわい相手だ。スポンサー関係への影響も大きい。
少し悩むふりをして言った。

「ちょっと考えてみたんだが、こうなってしまうとあまり策は浮かばない。残念だけど君達のことを諦めるしかないようだ」

突き放された番長は、端末の両端をがっと掴むようにして錦野に懇願する。
「ここまでしたのに!助けてよ!お願い!私達には今さらどうにもできないのよ!」
錦野はことさら冷たい。
「子宮の詩でも聴いてよく考えてみたらどうだい?私と君達は全くの無関係だ」

未久の体に置かれたラッキーの手の力が抜けていく。
「そんな……なんで……?」
未久はその様子に憐みの目線を送りつつ、
「ミジンコブログ社に切り捨てられたのね。哀れな末路だ。この宮殿にもいずれ家宅捜索が入るよ。早く逃げた方がいいんじゃない?」
そう言って、あごを二度振って「どけ」の合図をした。

頭を抱えている番長に、錦野は笑いながら言った。
「そういえば、ついさっき報告を受けたよ。拉致実行犯として逃げる準備をしていたキング氏と不二子さんには、とりあえず消えてもらったようだ。変な気を起こすと君達も危ないかもな。それだけは頭に入れておいてくれ。じゃあ、今までお疲れ様でした」

その言葉を最後に、ネット会議は打ち切られた。
「ああ、ちょっと待って!ねえ!」
だだをこねるように何度もパソコンのキーボードを強く弾き、テーブルを両手で叩く番長。

すると、ラッキーは「消えてもらったって……。やばくない?」と小さく呟き、部屋にあったバッグをさっと抱えてドアまで走った。
「あきちゃんごめーん! これはもう絶対無理だってインスピレーションが来たから先に行くわ! きゃははは!」

「ちょっと!」と番長が言うより早く裏切りを決めて出て行くラッキー。
扉を乱暴に閉めて駆け出すと、その正面から男と、見覚えのある女が走って来る。
「おお!まさみちゃんじゃーん!」
そう叫びながらまさみ達とすれ違ったラッキーは、「ばいばーい!」と猛スピードのまま舌を出して駆け抜けて行ってしまった。

「ラッキー祝い子! なんなんだ、アイツ逃げやがった!」
立ち止まって叫ぶ誠二。
まさみはそれを気にもせず、
「ここから出て来た。番長の部屋よ。お姉ちゃんもきっとここだ」
そう言って、スイートルームの重い扉を開いた。

― ⑩に続く ―

(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)

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