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子宮の詩が聴こえない2-④

第1章から読む) (③を読む

■| 第2章 弥生の大祭
④「説得」


ワタルと亜友美とは別行動をとり、誠二はまさみのもとへと向かった。
未久と合流して3人で話し合う手はずになっている。

義実家を訪ねるのは2年ぶり。
生後半年のマコを連れ、親族へのあいさつ回りをして以来だ。
田舎でよくあるように親戚付き合いを重んじているのは分かったが、乳幼児を連れて次々と違う家を訪ねることには、疲れ果てた思い出がある。

あれだけ多くの親戚に、「まさみの様子がおかしい」という噂が広まったとしたら……。
保身だけを考えてしまう自分を恥じつつ、誠二は恐怖感を拭えなかった。

庭付きの広い一軒家の前でタクシーを降りると、まさみの旧姓「古葉」の表札。
それを見て、また以前の記憶が頭をもたげる。

結婚前にここを訪れた時だ。
古葉家には、次女の夫になる誠二を婿養子にしようという計画があった。
誠二自身は「そういうものか」と吝か(やぶさか)ではなかったのだが、義姉の未久とまさみが激しく抵抗した。

まさみは「そんな時代じゃない」と主張し、最後には号泣。
「古葉の家名を途絶えさせていいのか」という父・清の古い考えに対し、長女の未久も「そんなに言うならそもそも男児を作れなかったあんたが悪い」と身も蓋もないことを言い放ち、両者とも絶縁も辞さない大ゲンカに発展したのだった。

最終的に、誠二を振り回したことを詫びてくれた義父は、昨年末に心臓の手術をして入院している。


義実家のインターホンを押すと、ドアを開けて迎えたのは義母の啓子だ。

「マコちゃん、よかったね。ずっと待ってたものね」
そう言われ、1週間ぶりの父親の姿を見上げたマコは「キャー」と大喜びして駆け寄った。
「マコ、元気だったか!」
娘を抱き上げた誠二は、啓子と丁寧に挨拶を交わし、リビングへと招き入れられた。

まさみが、未久と向き合って座っている。

「未久さん、遅くなりました」
「いらっしゃい。ちょうど今から引っぱたこうと思っていたところよ」
「ははは…そんな」

まさみはうつむき、表情は暗い。

「来たよ、まさみ。何度か連絡したけど」
誠二の方を見て、小さな声ながら怒気を含んだようにつぶやいた。
「……怒っているでしょうね」

腕から降ろしたマコを、空気を察した啓子がさっと抱き上げ、そのまま台所へと向かった。

誠二はネクタイを外しながら言う。
「まあ……そりゃ多少は怒りもするけど」

しばらく続いた沈黙を裂き、「普通は、さあ」と未久が口火を切った。
「勝手に家族のお金をおろして、話し合いもろくにしないで娘を連れて出て行く? 連絡も無視し続けてさ。妻として母としてじゃなくて人としてどうかと思うわけよ」

一気に沸点に達するような剣幕で、その場が引き締まった。
まさみが小さい声で返す。
「……お姉ちゃんには分からないでしょう」

未久の顔がかっと赤くなった。
「ええ、分かるわけがないわ! あんな気持ち悪いブログ作って、カルトじみた物に傾倒したあんたの気色悪い自撮り画像がネット上に残るわけよ! デジタルタトゥーって知らない!?」

誠二はあまりの未久の怒りに圧倒されたが、2人の間に座った。
「未久さん、ちょっと。まずは、俺から」
「……あなたが甘いからこうなるんだ。前に言ったわよね」
「ええ、分かります。自分が悪いことも」

膝を抱えたまさみが泣き始めた。
誠二は静かに語り始める。

「ネットで自分を発信していきたいのも分からなくはない。でも、中身が感じられないし、そんなに大きなお金が必要になってしまうような”子宮の詩”だって、そんなスピリチュアルを大々的に広めるのも、ちょっと冷静になれないだろうか」

おさまらない未久がなおも言い放つ。
「だって嘘じゃんそんなの! 妄想なの! 霊感商法! それに加担しようってなら同罪よあんた」
「未久さん、いいんです。不確かな物もたくさんあって、誘惑もある。まさみがハマった理由も俺は分かる気がします」
「理由って……?」

押し黙っているまさみも、目線だけは誠二に向け始めている。
「俺は、仕事と家事育児に頭がいっぱいで、まさみ自身としっかり向き合う時間をほとんど作れなかった」
「……」
怒りの余韻で、しかめっ面をする未久に向けても誠二は言う。
「甘かった。その通りです。自分がなんとか負担を軽くするから、家庭以外で好きなことを見つけてくれたらそれでいいと思っていました。それがブログとか、自撮りをネットに上げることでいいかといったら、分からないけれど…」

台所から、マコの声とそれをあやす啓子の笑い声が聞こえてくる。

誠二は続けた。
「マコも大きくなってきて、育児がしんどくなるのも、自分はそれが当たり前だと割り切れたけど、まさみにとってはそうじゃなかったんだ」

「……そう」
ようやく反応して頷くまさみに少し嬉しくなる誠二。
「そしてそのことを俺は分かってやれなかった。分かってやれないままでも、自分が全部負担していた。でも」
「……」
「違うよな。ちゃんと話を聞いて、和らげて、二人で乗り越えようとしなきゃいけなかったんだ」

まさみが顔を覆うようにし、溢れる涙を拭いた。
誠二も、自分が涙目になっているのが分かる。

「俺が逃げていたんです。負担するだけじゃなくて、分かってあげる時間を軽んじた。だからまさみは違う方向に何かを求めたんだと思う」
義姉に向けて、妻をかばうようにそう言った。

未久はまた反発しようとしたが、夫婦間にしか分からない空気を咎めることにはためらいもあり、沈黙した。

「仕事から帰るたびに毎日、玄関先でマコの泣く声に聴き耳を立てていたよ。そんなことしたって意味がないのに。恥ずかしいよ」

頭を冷やすように「ふー」と吐息し、未久が言う。
「うちの夫なら、子どもが泣いていたら家に入らずにその場から去るわね……」

真面目な話の腰を折られた誠二が「あはは」と笑うと、まさみも目をふせて少し笑ったように見えた。

カルト宗教の類にのめり込んでいる人への説得方法として、その人の全てを否定することから入らないというのは鉄則と言われている。

誠二は何かを学んだわけでもなく、冷静な性格上、無意識にその手法をとろうとしていた。

未久は3歳離れた姉として幼い頃から下に見てきて、強気な性格を武器に男社会の新聞社で戦い抜いている自負もあってか、その点では思いやりに欠けた。

ただ、両者に共通しているのは、なんとか目を覚まさせたいという思いだ。

未久が声のトーンを変えて問うた。
「ねえ、そんなにその子宮の会のブロガー生活がいいの? 1円にもならないんでしょう?」

まさみがやや顔を上げた。
「お金はね、出せば入るものだから……」

落ち着いたはずの未久が、がくっと崩れる素振りをした。
「それ、まだ言ってるわけ? なんでそういう論理になるの」
「番長あきちゃんや、ラッキーちゃんや、ぎんさんがそう言ってるし、それが事実で……」
「そいつらが嘘つきだとは思わないの?」
「なんで嘘をつくの。何の得にもならないのに」
「いやいやいや、あんたがカモになった時点でさあ!」

また未久のテンションが上がってきた。
誠二もさすがに困って言った。
「お金を出せば入るってのはおかしいって前に言ったよな。何かを楽しむために使う分には構わないと思うけど…」

まさみは動じない。
「楽しんでお金も入ればいいじゃん。もしダメでも、何度でもトライアンドエラーだから。インスピレーションに従っていれば何でもうまくいく。宇宙の法則で、願えば叶うように決まっているんだから。成功している人は、みんなそうなんだよ」

誠二は言葉を失ったようにあんぐりと口を開けて顔を横に向けた。
その目線を感じた未久も、わざとらしく白目をむいて「うーん……」と、うなった。

思ったよりも根深い。
2人は、この説得の難しさを痛感していた。


― ⑤に続く ―

(この物語はフィクションです。実在する人物、団体、出来事、宗教やその教義などとは一切関係がありません)

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